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「……なにしてんの? アンタ」
振り向くと、そこにはお母さんが立っていた。真っ青な顔で「信じられない」と言ったような険しい表情をしている。
助かった。私に迫った現場をお母さんに見られれば、流石の賢哉も言い逃れ出来ないだろう。これでお母さんもこの男に愛想を尽かし、我が家に平和が戻るはず。思わず、ほっと胸をなでおろす。
けれども、次にお母さんの口から飛び出した言葉は、思いもよらぬものだった。
「アンタ、何アタシの男に色目使ってんのよ!」
「……えっ?」
能面の般若のような顔をしたお母さんの怒りは、なんと私に向けられていた。
――いやいやいや。明らかに「賢哉が私に迫っている」光景が、どうやったら「母親の男を誘惑している娘」に映るんだ?
お母さんは、本格的に頭がおかしくなってしまったのだろうか?
「お、落ち着けよ卯月! 弥生ちゃんがそんなことするわけないだろ!? 俺だってそうだよ!」
「嘘よ嘘よ! やっぱり若い女がいいんだわ! 私がいない間にヤリまくってたんでしょ!」
慌てふためき、お母さんを宥めにかかる賢哉。けれどもお母さんはますます激昂して、今度は賢哉に食ってかかっていた。
髪をかき乱しボロボロと涙を零して喚き散らすお母さんの姿には、近寄りがたいものがあった。怒ったり泣いたり、真っ赤になったり真っ青になったり……数秒の間に、お母さんの表情が別人のように移り変わっていく。
これは、これは一体誰だろうか? こんなの、私のお母さんじゃない。
お母さんのあまりの狂乱振りに、私の世界がぐにゃりと歪む。
――けれども、その歪んだ世界が今度はひっくり返るような言葉が、お母さんから飛び出した。
「賢哉! この鬼畜! よりにもよって実の娘に手を出すなんて!!」
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