好きな話

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「これは発信回路の一種だ。こんな貧相な部品たちでも、かなりの昇圧回路を組むことができる。最近ではジュールシーフともいわれていて、電池の減りが早い分、LEDの光度は半端ないぜ」  早口で捲し立てながら、蒼蓮は回路を近づけてきた。その複雑な回路を見て、稽人は親戚のおじさんがガンダムのプラモデルを作っている光景を連想した。頭に軽い渦が舞った。 「この辺の回路とか基盤は、全部兄貴のあまりもんだけどな。今は複雑な回路設計の練習の一環で、コッククロフトウォルトンっていう回路に奮闘中さ。高電圧の、あるものを作りたくて。まだ半田ごてを自分の指のように扱うことだってできないし――あとお前にこれも渡しておかないとな」  なにかの充電コードのようなものを蒼蓮は渡してきた。 「昨日渡した絵馬あるだろ? 実はあれ俺が作ったんだ。これで充電してライトを光らせられるぜ。部屋の目立つところにでも飾ってやれよ」 「へえ、ありがとう――予想した通りだよ」 稽人は納得の色を漂わせながら続ける。 「やっぱり、蒼蓮君は只者じゃなかったよ。出会った時からそんな予感がした」  稽人が城跡へ忍び込む時間を逆算したり、咄嗟に稽人を救ったり、不審者を撒いたり、取り調べが面倒だと知っていたりと、頭の回転の速さとそれを行動に移す能力が彼に備わっていると、稽人は思っていた。彼が世間一般の中学生の能力を遥かに上回っていることは、粗方予測がついていた。  稽人にじっと見つめられた蒼蓮は、口をもごもごさせて逡巡の色を露わにした。どうやら何かいいたげだ。 「まぁ、ゲームでもしながらお互いのこと話そうぜ。俺らまだ名前くらいしか知らない仲だしな」  そういって座椅子をパソコン机の近くに持って来た。座れという意味に解釈した稽人はそれに従って体重を預けた。  蒼蓮がモニターに表示させた画面には、『テトぷよ&GO』という文字がカラフルに踊っていた。稽人がパズルゲームと予想したこのゲームは、そうでありそうでなかった。『デド&GO』は彼曰くパズルゲームとアクションゲームの融合らしかった。ぷよぷよとテトリスとレースゲームからインスパイアされたもので、パズルタイムとレースタイムがあった。蒼蓮がそれぞれ見本プレイを見せてくれた。  最初のパズルタイムはテトリスのようにブロックをくみ上げていき、斜めで列が揃えばそれが消えて得点が加算されるというシステムだった。これがテトリス要素だ。しかしただ単純に列をそろえればいいだけでなく、コンボという連続で列を消していかないと得点が伸びないという点が、ぷよぷよの要素らしかった。  続いてレースタイム。こちらは単純なルールで、タイムが早いほど得点が加算されるというシステムだった。四角の箱に車輪を付けたようなカートを走らせ、殺風景な八の字のコースを進む。その解像度は稽人が昔に遊んだことのあるファミコンによく似ていた。  この二つのタイムで得た得点が高いほうが勝利。これが「テトぷよ&GO」の大まかな内容だった。 「このゲーム、俺が小学六年の時に作ったものだ」  パズルタイム中に、パソコン用のコントローラーを指の腹で弾きながら蒼蓮が呟いた。 「こんなゲームを小学生で作ったのかい」声が大きくなった。稽人はゲーム中だったので凝視できずに、ちらりと彼に目をやった。 「他人にやらせるにはまだまだ低クオリティだぜ。むしろ恥ずかしいレベルだ。昔はプログラム関連の知識なんてまだまだだったけど、そこから師匠に鍛えられて今ではだいぶ詳しくなった」  ししょう? 聞きなれないフレーズに稽人は首を傾げた。 「気になるか? 俺の過去の話」  質問に質問で返されて突っ込みたくなったが、稽人はうんと頷いた。 「俺、親父の仕事の関係で転校する前は大阪に住んでいて、小学校低学年の時に親が離婚したんだ。お母さんが出て行って、親父は仕事にまみれて。親父はアパレルブランドの営業マンでこの頃からやっと業績が伸び始めたんだ。家族全員が忙しくなって、俺の面倒を見る人がいなくなった。そんな俺を親父は知人が経営するパソコン教室に通わせたんだ。まあ通うというより親父が半強制的にそこに住ませた形だけどな。俺の世話をしてくれる人がいなかったから。そのパソコン教室のおやっさんは小川仁三っていって、その人から俺はパソコンのノウハウを大量に学んだ。それが唯一の習い事で、ただ毎日生きるために、息をするようにパソコンの画面を追ったんだ」 「サッカーやってなかったの?」稽人はオフザボールと口にした蒼蓮の姿を思い浮かべていた。 「サッカーは学校の休み時間に友達と遊びでやるくらいだ。パソコンに詳しい人間の癖っていうのかな、何をやるにしてもその情報を調べたくなる。意味に有無は関係無しにな。だからサッカーや野球の豆知識なんかでいうと、そこらの少年なんかより何倍も詳しいぜ」  へえ、と稽人が呟いたタイミングで、フィーバータイム、という字と共にモニターが鮮やかな極彩色になった。 「で、親父が会社の社長を部下に譲って会長になったのと同時に引っ越しが決まったんだ。親父は年をとったら、田舎でゆっくり暮らすのが夢だったそうだ。可愛い奴だろ」  警棒を腰に提げて腕組をしている伊豆さん、その怖い顔を頭に浮かべた稽人は人間には意外な一面があるのだと思った。てっきり彼は、伊豆さんの表情から親の跡継ぎを無理矢理押し付けられたのではないかと思っていた。 「今はどれだけ遊び歩いても、収入が生まれる状況らしい。働きに出た兄貴が教えてくれた。親父、お母さんに対する愛情は欠如していたけど、その分相当頑張ったらしい」 「尊敬しないといけないね」  パズルタイムの残り時間は、蒼蓮のゲーム愛や回路製作の話を淡々と聞いた。HSPやらPythonやら、稽人にとって未知の単語ばかりが左耳を刺激して、あまり理解することはできなかった。 パズルタイムが終了した。フィニッシュの文字の下に簡素なフォントの文字で、1P(6700)2P(1567)と表示された。テトぷよは蒼蓮の圧勝だ。 「弱いな。初心者とはいえ2000ポイントくらいはいかないと」 「パズルゲームは苦手で。次のカートで挽回するよ」  画面は切り替わり、カートタイムがスタートした。稽人は少し前かがみになる蒼蓮をみて、自分も背もたれに体重を預けるのをやめた。パズルゲームとアクションゲームでは、想像力や動体視力など、脳が使用する部分が違うのだろうか。 「次はお前のことを教えてくれよ」軽やかにスタートダッシュを決めた蒼蓮がいった。 「いいよ。といっても、僕には君が驚くようなエピソードはないけどね」  そういって稽人は自分の家族構成などの親戚周りの話や、中学一、二年時に出た駅伝大会の話をした。宣言通りそれに突出したエピソードは無く、レースが序盤の内に話は途切れてしまった。 「これくらいかな。僕が何か習い事でもしていたら、もっと話のネタが生まれただろうけど」カートの状況に一喜一憂しながら、話すことがおまけのような口ぶりで稽人はいった。 「一番大事なことを話してないぞ。お前、わざわざ監視の目を盗んでまで亀山城跡に侵入するくらい歴史オタクなんだろ。どのレベルで好きか聞かせてくれよ」  蒼蓮は稽人を見て口を歪ませた。歴史オタクの恒星のような、強烈な熱と光を放つ目にやられたのだろうか。 「僕に歴史のことを語らせたら、ちょっとやそっとじゃ終わんないよ」その声音はさっきと比較して、かなり高い。 「分かった。限界が来たら歯止めをかけるから、大丈夫。かかって来いよ」来いよ、の場面で蒼蓮は稽人のカートにバナナの皮をぶつけた。画面が眼中にないのか、彼の表情は変化しない。 「まず、僕は歴史の中でも戦国大名が好きだ。文明が発達した後の、高度な武器を使用した戦いは好きじゃない。陣を組んで、戦術を考えて、如何にして数の不利を覆すか、その魅力に虜になったら、もうやめられなかった。さっき、僕が習い事をしてないといっただろう。僕はその時間を歴史に浸ることに費やしている。資料を漁って、昔の大河ドラマを見返して、歴史系のYouTuberの毎日更新される素晴らしい動画なんかをよく見ているのさ。本や漫画なんかは小学五年になる前くらいに全て読み切っちゃったしね。お手伝いで貯めたお金がもうすぐ万を超えそうだから、そろそろ違う本屋に行って新書を探す予定さ。やっぱりそこらの人間とは魅力が違うよね。もしも戦国時代に行けたらどれだけ楽しいだろうなぁ、なんてタイムリープ系の本や漫画の主人公がいうけど、共感しまくりだよね。僕なんて絶対百姓の生まれだろうけれど、秀吉みたいに這い上がることだってできるかもしれないだろ。丹羽の家臣とかになったら、本能寺の変後にすぐに自軍を説得して山崎の戦いが起こる前に光秀の首を取りに行くだろうし、大友の近くにいたら『死寸前の信長を頼るのはおすすめしない』っていうだろうし、織田軍が近くに来たら後で自害に迫られてでも千利休のお茶を飲みに行くだろうし。という妄想を繰り返すけど、実際に行ったら家来がそんな偉そうなことをいえないだろうな、っていつもそこに辿り着く。そう考えると、自分の思った行動ができて、一人一人の人権が保障されている現代って、本当に幸せだよね。話が反れたけど、最近僕は好きな合戦ランキングを決めようとしているんだ。武将ランキングは去年一年間考えてやっとできたからね。ところが、好きなのが多すぎてまとまらない。だからジャンルを分けることにした。戦術が素晴らしい合戦ランキングとか、無謀すぎる合戦ランキングみたいに。ほら、長篠の戦いや三方ヶ原の戦いなんかはそれに当てはまるだろう? 鉄砲を巧みに使う戦術は、教科書でも太字で表されるくらい有名だ。信玄の待ち伏せが判明した時、家康はどんな気持ちだったのか想像しただけでもドキドキするよ。それに、魅力あふれる合戦ランキングではやっぱり川中島合戦が上位にくるよね。啄木鳥の兵法を察知したのは流石だと感心したのを覚えているよ。あと――」  蒼蓮が最終ラップを終えてゴールしたタイミングで、その場に立ち上がった。彼は、ふっと笑った。 「馬鹿だな。お前は」
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