ゲームを作ろう

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ゲームを作ろう

頭上から降りかかってきた言葉によって眉間に皺を寄せた稽人に、蒼蓮は右の掌を出した。 「怒るな、怒るな。馬鹿といっても、いい馬鹿だ。好きなことには、周囲が見えなくなるくらいに、一緒くたになれる馬鹿。でもこれは持論だが、天才だって馬鹿だ。例えば織田信長なんか、親父の遺影に焼香を投げつけたらしいじゃないか。大うつけという異名なんか、馬鹿じゃないとつかない。ノーベル賞を取る科学者や、何千万部もの売り上げを記録する漫画家なんて、狂ったように戦略とロジックを立てて、馬鹿みたいにそれにのめり込む。俺のいいたいこと分かるか? 稽人、俺と一緒に何か作らないか? そうだな、今の時代にそぐうベストな戦略はスマートフォンアプリ開発だ。一緒にアプリを作って、有名になってやろうぜ」  稽人は学校で、机の角に目を据えながら何か考えていた蒼蓮の姿を思い出した。その表情と今の言葉から彼が自分をここに誘った真の目的は、交流を深めることではないのはたしかだった。 自分が凄いと思った人間に同じように思われていることを知り、稽人は動揺した。意思疎通の上位互換のような、上手く言葉にできない感情によって指先は痺れていた。 「面白そうで興味はあるけど、何をするの? 僕たちにそんなことができるの? そもそもなんでアプリなの?」  矢継ぎ早な質問に、蒼蓮は当惑したように下の歯を出した。 「そう慌てるな。次のゲームしながら話そうぜ」  軽い口調になった蒼蓮は、マウスを手にドラッグをして、その最中にダブルクリックを三回した。すると、レトロでモダンな模様の画面が現れた。中央には寂しく『ホッケー』と書かれていた。 「これもオリジナルゲーム? 作れるジャンル広いね」 「これは先月作った新作だ。といっても、簡単だよ。一週間かからなかった。フィールドを作って、どちらかが十点先取するまでループする。それだけだ」  蒼蓮がスタート、と書かれたボタンをクリックすると、ポンという開始音と共に白のボールと操作バーが暗闇の画面に表示された。操作バーは縦長で、どうやら上下に移動するだけのようだ。 「操作は十字キーのみ?」 「そうだ」動き始めたボールを、二人は打ち合った。 「で、問題はどういうアプリを作るかなんだよな」 「その前に、なんでアプリに焦点を当てたのか、その経緯を教えてよ。僕じゃ、何の役にも立てないかもしれないよ。パソコンなんてほとんど触ったことないし、プログラムなんてなおさらだよ」 「今の時代、みんなスマートフォンを持っているだろ。大人から子供まで。勿論本格的なゲームを作ることは素晴らしいけれど、生半可な気持ちで据え置き機のゲームなんて作れない。大手の会社が独占しているし、実際にそのゲームは面白い。小学生の頃に社会見学で行ったけど、何万もの人が“面白さ”を届けるために必死だ。だからこの業界では勝ち目がない」 「それはそうだろうけど」稽人の呟きは蒼蓮には届いてなさそうだった。 「実際に回路に手を出してみたけれど、生半可な中学生がゲーム機を作るなんてスカイツリーを素手で登るくらい不可能だ。でもアプリなら可能だ。無料で配信すればゲーム実況者なんかにも紹介されてバズる可能性だってある。しかも、俺は今の時代にそれがあっていると思う。どうだ。納得できたか?」 「いいたいことは理解できた。でもどんなゲームを作るの?」 「授業中にずっと考えていた案がある」蒼蓮は「善は急げ」という言葉を顔に張り付けていた。 机の引き出しから大きいスケッチブックを取り出した蒼蓮は、それを作業台に置いてそれに何やら書き出した。ホッケーは3―3のまま一時中断だ。 「アプリ名は、ズバリ『戦国クエスト』。分かり易くていいだろ?」  稽人が頷くと、蒼蓮さらに何か書いた。 「お前がディレクター。体担当で持ち前の歴史の知識を生かして細かい設定などを考える」  スケッチブックには大きな丸が書かれた。中にディレクターと記してあった。 「俺がプログラマー。脳担当であり、チームの核となってプラットホームやらインターフェースを作成する」  最初に書いた丸の右側に少し被せてもう一つ同じサイズに丸を書いた。 「俺は出来のいい作品を作りたいわけじゃない。圧倒的な努力量で伝説を生み出したい。雑誌のタイトルで例えると『亀山中学校に国の宝出現』みたいな」  二つの円が被った場所に、蒼蓮は“伝説”と書き込んだ。汚くて雑な字だったが、稽人には一瞬それが光を放っているように見えた。 「なんで伝説になりたいの? 素朴な疑問だけど」 「星愛未に会いたいからだ」  稽人はふと壁に埋め込まれた画鋲を見た。その動作に蒼蓮は何かを察した。 「俺、本当に彼女の大ファンだ。そこの壁にもこの間までポスターを。でも、働きに出た兄貴にいわれたことがある。好きなだけでいいのか、それでお前の人生終わっていいのかって。だから、ただ茫然と憧れるのを辞めた。神格化していても何も進まないと心に誓った」  稽人に直視されていることに気づいたのか、顔を赤らめた蒼蓮は「…なんてな」と自嘲気味に呟いた。 「何も恥ずかしく思うことないよ。むしろちょっと心を動かされた。僕だって池田晃一さんみたいになりたいってぼんやりと思っていた。なんとなく憧れていた気持ちは君と同じだ。でも今は晃一さんに会えるくらい、何かを成し遂げたいって気持ちになった」  池田晃一とはこの世に存在する人の皮を被った超人だった。メディアは彼のことを「日本で最も歴史に詳しい男」と謳っていた。歴史のすばらしさを海外に伝えるために、二二歳で自らアニメ会社を設立し、社長になった。さらに彼は、その売上金で募金をして学校などの施設を作り、東南アジアの貧困国をいくつも救った。また、ゆるい料理系の動画を自身のYouTubeチャンネルに公開しており、その登録者数は百万人をこえている。TwitterやインスタグラムなどSNS類の全ての人数を合わせると一千万以上で、日本の人口の一割にも及んでいた。  歴史好きのインフルエンサー。そんな彼にぞっこんだった。 「だから、これからよろしく」稽人は右手を差し出した。 「頼むぜ。俺の右肩としてちゃんと働いてくれよ」蒼蓮はそれに答えた。 「言葉が汚いよ――でも、僕がそんな活躍できるかなぁ」  はは、と笑った稽人は頭の裏を掻いた。特に後頭部が痒かったわけではなかった。 「いける。俺らなら絶対に有名になれる。俺は根拠のないことはいわない主義だ。そのくらい絶対に結果が出る自信がある」  プログラマーは歴史オタクに目を合わせた。稽人はその眼光に、スケッチブックに書かれた“伝説”という文字と同じものを感じた。 「分かった。まだ受験も先だし、『戦国クエスト』に全力を注いでみるよ」稽人は今日一番のはきはきした声を出した。 歴史オタクが歴史オタク兼ディレクターとなった。  アプリを作ると決めてから一週間が経ち、再び稽人は蒼蓮の部屋にいた。「何を作るにしても最初の設定が一番大事だ。土台に時間をかけないと何を作っても崩れ落ちてしまう」という蒼蓮の言葉によって、二人は一週間かけて『戦国クエスト』をどんなジャンルのどんな内容のゲームにするかを考えることにした。今日はその発表会だ。 「最初に俺から報告させて貰う。半年後の十月に配信を予定して、単純計算で今からあと約六ヵ月。その間に壮大なアクションや難解なパズルゲームを作るのは不可能と判断した。だから、俺は数多くの中から抜粋した戦国大名にのみスポットを当てて、それを紹介するアプリなんかいいと思った。静止画ベースで、可能ならムービーをところどころに差し込んで。人気が出たら、飽きられない様にアップデートを繰り返して新たな大名をつぎ込めばいい。俺らが卒業するまでには戦国大名のストックなんて余裕だろ」  蒼蓮がチョコを銜えながら表紙に『戦国クエスト』と書かれた、例の伝説ノートを稽人に見せた。そこに書かれた落書きのようなメモは稽人には解読ができなかった。 「大まかな説明はこんな感じだ。あと俺がやっていたことといえばアプリ開発の基礎を学んでいたくらいかな」  スケッチブックを閉じて引き出しに入れると、蒼蓮は椅子に座った。その時、パソコンの横にあった何かが音を立てて落ちた。それは窓から来る光の角度を変えて、稽人の眼を刺激した。 「なに、これ」稽人は音がした場所に手を伸ばした。「引き出し強く閉めすぎだよ。鍵が落ちた」その手に蒼蓮の手が覆い被さった。 「悪い、悪い。自分で拾うから大丈夫だ」  その蒼蓮の声が、やけに逸る気持ちを抑えられていない様に稽人は聞こえた。 「次は稽人の案を教えてくれよ」  蒼蓮は椅子に座って、スケッチブックを入れたのと反対側にスーッと移動した。その動作を見て、もう一つの鍵付きの引き出しを隠しているのかな、と稽人は疑問を持った。 「あっ、えっと。僕も複数考えてきたよ」口をもごもごさせながら、稽人はスマートフォンのメモを開いた。画面上に一週間考えてきた内容がずらりと並んだ。 「一つ目が、一人一人にそれスポットを当てて彼らの人生を一から知っていくというもの。蒼蓮君が挙げた案とよく似ているね」  腕組をした蒼蓮は下唇を噛みながら頷いた。 「二つ目はロールプレイング方式。レベルが低いと合戦に負けてしまうから…」 「それはないな。時間がない」 二つ目の案を蒼蓮は一蹴した。「はは、そうだね」しかしそれは予想内だったので稽人はさほど同様しなかった。
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