暴走馬に鞭を

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暴走馬に鞭を

「三つ目はクイズ形式。ありふれたジャンルだけど、やっぱりシンプルで面白い。なんだかんだ重宝されているのは、それなりの理由があるんだね。これならどんな角度からでも出題可能で柔軟性がある。でもこれだけじゃ、伝説になれる可能性はかなり低いと思う」 「簡単な内容だったらなんだっていい。だけど、シンプルな内容だけじゃ絶対に無理だ」 「何か新しい案が浮かぶかもしれない。考えよう」  スケッチブックにシューティングや音ゲーの文字が書かれるが、大き×や二重線によって隠されていく。「カードゲームは?」「ない」「戦国無双とか好きだけどな…」「既にある。それにスマートフォンのクオリティじゃ“ゲーム機”には勝てない」  一時間以上悩んで、稽人の頭にある閃きが宿った。 「一つ目と三つ目をミックスするのはどうだ?」 右手と左手を徐に出し、胸の前でセルフ握手をした。 「その手があったか。盲点だったな。新しい手法ばかり探していた。数人の武将にピックアップしてストーリーを絵と映像で描写して、彼らに関するクイズを出せばいい。それなら俺だってプログラムが組めるし、お前の歴史に関せる知識だって存分に生かせる」 「戦国大名に興味が無かった人でも、このアイデアと作り込み度によっては振り向かざるを得ないよ」 「よし決定だ」ハイタッチの軽やかな音が部屋に響いた。 「問題は主人公をどの武将にするかだな。俺の考えでは、半年後のリリースまで一人に力を注いだほうがいいと思う。その後二人くらいアップデートで増やして、合計三人くらいだな」 「三人か選べないな…」 「この間いっていた、お前の好きな武将ランキングを教えてくれよ。ベスト三でいい」  蒼蓮は暴走馬に鞭を入れてしまった。 「え、聞きたい? これを決めるのには本当に苦労したよ。全国各地、数多くの名将が揃っていて、しかもそれが時代によって移り変わる。家臣や女性も入れたら総数はとんでもないよ。でも、誰しもが最初に目につくのは戦国三代武将の、信長、秀吉、家康だよね。彼らは外せない。信長なんて主人公そのものだ。楽市楽座や鉄砲でどんどん勢力を上げていく様はまさに快感。彼の初期の領土をぜひ見て欲しい。尾張っていうほんの一部分からのスタートだったんだ。でも彼は世間が描いているカッコいいイメージとは裏腹に残酷だよ。雑賀衆への残虐な行為や比叡山の焼き払いなど、思わず唾をのみ込みたくなるシーンは山ほど存在している。明智光秀にやられてない世界線も見たかったよね…。明智光秀もいいな。本能寺の変も足利義昭か秀吉、黒田官兵衛の策略であって彼は冤罪かもしれない。でも本能寺の変に関してはれっきとした事実が出てくるまでは、いろんな説を考えて楽しむのがベストだと思う。『これは絶対にない』なんて否定ばかり繰り返すのは野暮だからね。で、次に頭角を現したのが秀吉だ。彼は百姓の育ちからトップに君臨したけど、僕は戦国大名の中で最も頭脳に長けていたのは彼だと思う。猿といわれた顔と百姓という底辺の身分から成り上がった彼の力を現代人は見習うべきだ。築城のエピソードや、戦わずして勝つ彼の頭脳はただただ羨ましい。もし今の時代に彼が誕生していたら、どんなカリスマになったのか…。信長を一言で残虐とするのなら、彼は徹底という一言がはまると思う。信長に気に入られるためにあらゆる手法を使う。チャンスが来たなら、例え二百キロ以上ある距離でも本能寺へ踵を返す。天下統一後も自分の脅威になるものは徹底して排除する。だから、誰もあの絶対王者のお猿さんに手を出せなかった。朝鮮出兵もそうしなければいずれ襲われると考えたんだろうね。後に徳川の時代になる前に彼は死んでいるから、実質彼の人生は大勝利だ。最後に家康。家康のイメージはホトトギスの歌にもなっているように忍耐力のある武将だと思う。どこか粘着質なイメージで華やかさもなく、大河ドラマなんかでも悪役として扱われることが多いね。でも彼なりに戦略があったと思う。武田信玄に大敗し、味方であった今川義元も衝撃の大逆転をくらう中で、それでも彼は闘志を内に秘め続けた。その結果が長き太平の世を生み出した唯一の人物、という肩書なんじゃないかな。やっぱり、彼の忍耐力はこの世の誰よりも優れているだろうね」  稽人が話している間、蒼蓮はずっと目を閉じていた。 「俺の話、耳に入っていた? 三大武将がお前の好きな武将ランキングなの?」 蒼蓮の顔を見て愕然とした。暴力を繰り返してエサもろくに与えない中年ニートの飼い主に追い出され、一週間スラム街で生き伸びるために乱闘を続けてきたシャム猫みたいな顔になっていた。 「ご、ごめんよ。真面目にやるから、その表情はしまってくれないか」  シャム猫が腕を組み直すのを見て、稽人は続ける。 「やっぱり僕は長く生きた人が好きなのかもしれない。一瞬の輝きを放ちながらそれぞれの全盛期に息絶えた人、いわゆる判官贔屓な人が嫌いなわけじゃない。でも、僕は長く生きて皆に愛されながらこの世を去る人間のほうが、魅力があると思う。僕が好きな戦国大名のランキングは三位が島津義弘、二位が豊臣秀吉、そして一位が伊達政宗だ。三大武将はどうしても外せなかったよ。だからその中でも僕が一番尊敬している秀吉を二位に入れた。戦国最強と謳われた本多忠勝なんかもロマンがあって悩まされた。あ、戦国三大最強武将も良いよね。本多忠勝、立花宗茂、島津義弘。彼らは少ない軍勢で大勢の敵をなぎ倒し、戦いに敗れながらも領土を獲得するなどして“力”がある。その中で島津義弘を選んだ理由は“鬼島津”という異名を持ちながら、朝鮮から奥さんに手紙を送る彼の仁義が魅力だったからだ。九州最強に彼が本州のど真ん中に誕生していたら、大きく歴史は変化しただろうな。だって七千くらいの兵で二万、三万の軍勢を破るのだから。相手はたまげただろうね。秀吉についてはさっき話したから省略するね。そして大本命、伊達政宗。苗字がきっかけで知ったけど、彼には注目せざるを得ない点ばかりだった。天然痘、独眼、三日月兜、白装束、十字架。病気や父の死を乗り越えて生き延びた、彼のメンタルはどんな金品よりも価値があると思う。秀吉や家康に自らの意志を見せ、家臣の命も大切にする。時には己の覚悟を大胆に示す。料理の腕も達者だったというギャップもある。ただ、実は彼は摺上原の戦いで奥州を収めるくらいしか大勝利は収めていない。ほとんどが引き分けか辛勝だ。山崎の合戦なんてコテンパンだし。だから彼に秀でた才能があるとはいえない。頭脳だけなら他の武将にもっと凄いのがいるからね。その反面、年表を見ると彼の人生が楽しそうに見える。生粋のエンターテイナーと呼ぶ人もいるがまさにその言葉通りだと思う。病気のハンディギャップがあり、賢い頭脳に生まれなくても、人を楽しませて、自分が楽しんで死んだ。――僕もそうなりたい」 「お前の好き度が以上に高いことは分かった」棒付きの飴を舐め終えて唇を舌で掃除している蒼蓮の言葉に、稽人の顔は真っ赤に染まった。 「じゃあ、ゲームはその三人で行くか?」 「いや、彼らの時代を中心にするのは必須で正解だけど、人気のアプリにするためには三大武将を主人公にしては駄目だと思う。既に学校とかで粗方の知識はあるだろう? それに単純過ぎる」 「じゃあ、伊達政宗みたいに名前で人を惹きつけられて、且その実態を知っている人は少ない、みたいな武将がいいな」 「そうかぁ。真田幸村や前田慶次辺りかなあ」 「伊達政宗と被らないか? それに男の心を掴むなら島津義弘がもうそれを担っている」 「女性か。女性ってリサーチや拡散力が凄いから一定層は必須だね」 「戦国で魅力のある女性っていないのか?」蒼蓮はスケッチブックにペンを走らせながら訊いた。 「そうだな。有名なのを挙げるとガラシャや濃姫、お市の方くらいか」 「聞いたことあるな。彼女らでストーリーを築けそうか」 「うーん。濃姫やお市の方は信長時代でしかも濃姫に至っては謎が多くて難しい。ガラシャも僕は基礎知識くらいしかなくて疎い」 「信長、秀吉、家康。彼らに掛かったほうが話としては盛り上がるな」 「浅井長政の娘はどう? 淀殿、お初、お江の豪華三姉妹だよ」 「へぇ、その中の誰にする?」蒼蓮の反応を見るに、恐らく彼女達を知らないのだろう。 「家康まで繋げるなら江かな。二代目将軍徳川秀忠の正室だし。でも知名度なら淀殿だと思う。お市の方の長女、信長を叔父に持つ秀吉の側室だし」 「ああ、あの大阪の陣で死んだ人か。テレビか何かでやっていたのを見たことがある。日本三大悪女とか揶揄されていたな」 「決まりだ! 彼女の人生は壮絶でエピソードは数えればきりがない。きっとみんな夢中になると思う」 「よし、今日から本格的に開始だ」 「よーし…本気出そう」稽人の睫毛に、カーテンから漏れる夕暮れの光がかすった。  ぎゅるる、と稽人は自分のお腹が鳴るのが分かった。「お腹空いちゃった」  蒼蓮は稽人と自分用にインスタントの袋麺を作った。部屋は勢い良く麺が胃に流れていく音で溢れた。 「今日の夜は何をするの?」  ティッシュで口周りを掃除しながら、稽人は訊いた。 「今日、俺はさっき決めた内容を踏まえてシステムの設計をやってみる。プログラムを組んで、クイズのインターフェース周りの土台を固めておく。いっとくけど、これには結構時間が掛かると思う。一晩でどう足掻いても無理だ」 「じゃあ、僕はストーリーを紙に写してくるよ」  作戦会議の結果、一人当たりの話の長さを一人約三十分とし、A4用紙十枚分を埋めることが決定した。クイズの数は十×三個に決定した。話に興味を持ってもらえるか、どれだけ魅力を伝えられるかは、稽人にかかっている。  各々の宿題が決まり、稽人は全速力で蒼蓮の家を後にした。一秒たりとも無駄にできない、と思うくらいアプリ開発に対しての高い意識を持っていた。
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