3人目の刺客

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3人目の刺客

翌日の昼休み時間、稽人は中庭のピロティにいた。その横には両手を後頭部に枕代わりにしている蒼蓮が寝転んでいた。 「なかなかキツイな」  恐らくろくに寝ていないのであろう。鉛のように重そうな瞼と、日本アルプスのように高低差が連なっている隈がそれを証明していた。 「なんとなく、二人でできる、なんて大口叩いたけれど現実は厳しかったね」  昨日、稽人が伊達政宗らのストーリーやクイズを考えていたのと同じく、蒼蓮もパソコンと向かい合っていた。蒼蓮はキーボードを叩きながらふと思いついたことがあった。 「絵、どうするよ…」  ゲーム画面を作るにあたり、二人は一番肝心な要素が抜けていることに気づいた。イラストレーターの不足だった。二人がざっと計算した必要イラストの総数はとんでもなかった。  画面の肝となる背景。OP画面やED画面、ストーリーとクイズ画面に必要な背景やイラストは、一武将辺り少なくとも十四枚は必要だった。 「OP画面と武将選択画面は一つでいい。クイズ部分もテキストボックスを使えば絵を入れる部分は同じにしても変にはならない。でも、ストーリーとかの背景は、そうはいかないだろ」  十四枚の内訳は、OP画面①、ED画面①、ストーリー⑧、クイズ画面④となっている。ストーリーは三武将ごとに違うので、最低でも計三十枚は背景のイラストが必要だった。 「キャラデザもあるよ。蒼蓮君も僕も絵が描けないから、応援を募らないと」  キャラは一人のエピソードに十人は必要だった。アニメーションではなく静止画で、吹き出し内のテキストによって物語は進むため、少し負担は減る。しかしそれでも表情は、通常、笑う、泣く、困る、怒る、の五パターンは必須である。登場人物によってばらつきはあるが、三つのストーリーで百五十は必ず要する。  仰向けになって、瓜二つの“困る”の表情をしていた稽人と蒼蓮にチャイムが降り注ぐ。それによって校舎の色が変わる。生徒たちが、サッカーボールを押し付け合いながらグラウンドから校舎へ駆けていく。移動教室なのか、理科ノートやリコーダーを手や頭の上にして大勢の生徒が入り混じる。その垢抜ない生き物の間を縫って、一人の生徒が二人のことをじっと見つめていた。  授業終わりの号令に気づかなかった稽人は、生徒の明るい声によって瞼を開いた。ピントの合わない眼をゴシゴシしていると、前から誰かがやってくるのが見えた。 鋭い眼つきを携え、血色の悪い細い腕を挙げながら「よう」と蒼蓮がいった。 「新しい国語の先生の授業展開速いな」 「うん。気づいたら意識飛んでいたよ。それより今日どうする? 」稽人は口を制服の裾で拭いながら訊いた。 「とりあえずうち来い。これからの作業はアプリ開発本部である俺の部屋でやろう。話し合いながらできるし、効率もいい。親には友達と勉強するとでもいっておいてくれ。飯も出してやる。四時に学校が終わって、四時半から九時半くらいまでやるとして、一日五時間できる。それが一日、一週間、一か月と積み重なったらかなりの時間になるぞ」 「既に計算済みってわけだ」流石だな、と思いながら稽人は前を向いた。すると、広い肩幅を前へ、後ろへ、揺らしながらこちらへやってくる青年と目が合った。 「楽しそうな話だな。俺も混ぜてくれよ」  稽人と同じ三年六組の風豪純平がやって来た。稽人とは一年の時、蒼蓮とは二年の時にそれぞれクラスが同だった。運動神経に優れた彼はクラスのスクールカーストの上部にいて餓鬼大将の立ち位置の割には、人当たりが凄く良かった。クラスが違っても、稽人と廊下で会ったときにはよく話しかけていた。学校の部活ではなく外部のクラブチームで野球をしているらしく、服の間から見え隠れする肌はこんがり焼けている。小学校で既に全国で名前を轟かせたという。恐らく高校はスポーツ推薦で名門校へ行き、甲子園を夢見て白球を追うのだろう。 「何もないよ。それより風豪君、今日は野球行かないの?」 斜め下に視線をずらした風豪は後頭部を二回掻いた。 「行かない。それより、新クラス始まったばかりなのに二人とも急に仲良くなったよな。蒼蓮なんて、あんまり人を寄せ付けない、ってキャラだったのに。やっと気の合う友達に巡り合えたって感じか?」 「もともと人脈を広げ過ぎない主義だ。面倒だからな。みんな、自分の貴重な時間を奪われていることに気づいていないだけだ。俺らが生きている世界は、一分一秒が過ぎてしまえばもうそれは帰ってこない。だから、こうしてお前が声をかけてくるのも、極端な話こっちにメリットはない」  風豪の煽情的な言葉に蒼蓮は一定の感情で迎え撃った。その反応がおかしかったのか、風豪の口元から白い歯が見えた。 「損得で生きるにはまだ早い気がするけどな。まあいいや。てか、稽人と蒼蓮、ここ一週間やけに楽しそうじゃねぇか。何かあったのか?」 「はは」稽人は困惑して左目を縮めた。二人でやってきたことがもう誰かに筒抜けしているとは思わなかった。さらにアプリ開発のことを他人に気軽に話していいのか、という疑問も彼の頭に沸いた。友達から斜めの角度で見られることは構わないが、親や先生に見つかって勉強しろ、なんていう理由で半強制的に辞めさせられるのが一番嫌だった。  稽人は半歩下がった後、蒼蓮の顔を見た。アプリ開発のことを第三者にいうべきなのか?と眼で訴えた。 「俺たちアプリ開発をしている。だから用がないのなら邪魔しないでくれよ」 「へぇ、面白そう。俺も付いていっていいか」  風豪の言葉に稽人の半円の眉が両方とも一センチ上がった。 「なんで『良いよ』なんていった」 「だって、あんな話されちゃ断れないだろ?」  学校を出た三人はそのまま蒼蓮の家へ直行した。風豪は蒼蓮の広い部屋を大きい体で隈なく散策している。地べたに座った稽人はゲーミングチェアに座った蒼蓮に咎められていた。理由は風豪をアプリ開発本部に誘ったからだった。  学校で訊いた話によると、風豪は野球の試合で足を怪我したらしかった。彼は二塁ランナーにいて、ヒット一本でホームまで帰らなければならない場面。味方がレフト前にポテンヒットを放ち、風豪はランナーコーチに従ってホームに突っ込んだ。しかし外野手の送球が反れ、ふくらはぎに硬球のレーザービームが直撃してしまった。鈍い音と同時に彼の体中に激痛が走り、気づいた時にはベッドの上にいたという。日常生活に支障はないが、過度な運動、スポーツ全般はしばらくの間禁止となったらしい。よって夏の大会はおじゃん。野球が嫌いになり、別の何かのめり込めることを探していたところで、稽人たちの魅力に溢れているような会話を聞いてしまったのだった。 「だからって、戦国大名のアプリ開発にスポーツの能力は使えないぜ?」 「そもそもアプリ製作自体をバラしたのは君じゃないか」 「あれはあの場を早く収めたかっただけだ」 「でもじゃあ、どうするの」 「『可哀想だし仲間に入れてやる』といいたいところだけど、ことこれに関してはそうは行かない。能力がないと、彼自身が申し訳なく思う時が必ず訪れる。そうなる前に、俺がテストする」  くるくる回していたボールペンを置き、蒼蓮は立ち上がった。製作途中のコッククロフトウォルトンという回路をまじまじと観察している餓鬼大将に近づいた。 「君は本気で俺たちとアプリを作りたいのか?」部屋にどこか緊張感のようなものが走った。 「人手なんて、多けりゃ多いほどいいだろう。俺だってやれることはあると思うぞ」口の左右両方にあるえくぼがその緊張感を緩和させていた。 「じゃあ、君のセールスポイントと加入後のチームへのメリットを述べてくれ」  わざと理解しづらい言葉を選んだのかなと稽人は思った。 「――そういわれても困るな。そもそも、稽人と蒼蓮が何を作っているのか知らないからな」 「質問を変えよう。君は何ができる? 絵が描けるか?」風豪の意見に一理あったのか、蒼蓮は顔をしかめた。 「絵は描くには描けるぞ。昔百コマ漫画みたいなのを自由帳に描いていたことがある」 「僕がいっている「絵が描ける」は、言葉通り絵が描けるかどうかを訊いているのではない。絵が上手く描けるかどうかを聞いている」 「友達にその漫画を見せることはなかったな。自分でみるのも嫌だったくらいだ」 「じゃあ、パソコンが操れるか」
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