うちにオリンピック惨敗終わりの男がいます

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うちにオリンピック終わりの選手がいます。 リビングの端っこにいます。 角にすっぽり収まっています。 うなだれています。 結果がかんばしくなかったようです。 三角座りしています。 頭が肩より下に落ちて 5分に1回くらいのペースで 「はぁ〜....」 と言っています。 一応僕もアルバイトで少しだけ社会に揉まれているので、なんとなくわかりますので 「どうしたんですか?」 と水を向けてやります。 「ん…?なんもないよ…」 とその負け犬は言います。 僕はアルバイトで少し社会に揉まれているので、もう一度 「どうしたのか教えて下さいよ〜」 と言います。 それから長々と禅問答のような話がずっと続きました。 途中、こんな退屈な時間が永遠に続くのかと思ってしまいました。 魔法にかけられたのかと思いました。 要約すると結局、トイレを我慢しながら走ったので普段より力が入らなかったとかいう中2の2学期のようなことらしいです。 途中、相槌だけはキチンと入れました。 でないと逆に意識が壁の向こう側にいってしまうかもしれないと思ったからです。 退屈でした。 全校集会の校長の話が退屈だと皆言いましたが、これに比べれば、校長は裏笑いも入れたら少なく見積もっても20箇所はおもしろポイントがありました。 これは裏も表もありません。 表裏一体で退屈。 全方位的に退屈なのです。 法事で何の因果か、食事のとき自分の周りがあまり喋ったことのないオッサンまみれになったことないですか? あの感覚に近いですね。 そもそも、あれ、なぜあのような席に巻き込まれたんでしょうかね。 親が社会勉強という愛の鞭でわざと仕組んだんでしょうかね。 だとしたら親に感謝しなくてはいけません。 おかげさまで僕は今、この男の滝のように流れる退屈な話に何の感情もなく深刻な顔をして頷くことができています。 でもほとんど話は聞いていないため、先ほど「君はどう思う?」 と聞かれたときドキリとしました。 僕は「でも仕方ないんじゃないですかねぇ〜」 と首を傾げて無念そうに言いました。 彼は下を向いて 「うーん…」 と呟き、15分ほど経った後に 「そうだよな、君の言う通り仕方ないよな。」 と言いました。 待ってる途中、スマホで芸能ニュースでも見ようかなと思いましたが、こらえました。 代わりに高校2年のときの同級生を何人言えるか1人でずっと競争してました。 1人で競争とは矛盾がありそうですけど矛盾はありません。 勝負は勝負なのです。 もう誰も出てこない、と思ったときに記憶のエアポケットから鍋島さんが出てきたときは心でガッツポーズしました。 鍋島さんと冬にグラコロの話をしたことあるのが勝因でした。 他は喋った記憶が何もありません。 彼女の席は僕の後ろだったこともあるので、僕は毎回鍋島さんにプリントを配っていたのでしょうか。 配っていたのでしょう。 半身で配っていたのかなぁ。 腕だけで配っていたのかなぁ。 半身でキチンと顔を見て配っていてほしいなぁ、過去の自分。 今ならグラコロ以外の話もできるのになぁ。 何個かレパートリーあるんだけどなぁ。 なぜもっと喋らなかったんだろうなぁ、過去の自分。 悪くなかったよなぁ、鍋島さん。 美人じゃないし、もし付き合っても誰にも自慢にはならないけど、日常に些細な彩りはくれるタイプではあるよなぁ、鍋島さん。 ビビットカラーじゃないけど、ほんわりしたうぐいす色のような彩りはくれるよなぁ。 あ! 思い出した! 去年、アルバイト先に鍋島さん来たんだった。 だから思い出せたんだ。 喋れなかったなぁ。 でもあっちも気まずそうだったしなぁ。 でもなんか上目遣いでこっち見てきたよな。 あれ? もしかして俺に喋ってほしかった? うわ、やってしまった。 待ってたのか、あの表情は。 そうだよな、ああいうときは女の子からよりやっぱり男から喋らないとな。 うわー、やってしまった。 そもそもなぜあんな場所のコンビニに鍋島さん来たんだろ。 たしか家全然違う方向だし、あんなとこに大学ないよな? あれ? もしかして俺に会いに来た? バイト先、友達から聞いたとか? うわ、ありえるよな。 うわー、やってしまった。 もう来ないかな。 来ないよな。 去年だし。 そういえば結構服めかしこんでたような。 え?俺に見せるために? え?俺に魅せるために? うわー、にぶー、俺。 マジにぶじゃん。 にぶチンthe nightじゃん、俺。 誰か繋がりないのかな? ないよな。 男と喋ってるの見たことないし。 あれ? 鍋島さん、男で喋ったことあるのって、もしかして… 俺だけ? だって他の男と喋ってるの見たことないし。 グラコロの話もあっちから振ってきたし、たしか。 あれ、一世一代の話の振りだったのかな。 「えーだって綾野くんと何喋ったらいいかわかんないし。」 「そんなの何でもいいのよ、キッカケなんだから。ほら、もうすぐグラコロのシーズンでしょ、グラコロ始まるね、とかでいいのよ。」 「えー、グラコロ?恥ずかしいよ、しかもその会話って続かなさそうじゃない?」 「だからあ!キッカケなんだって。」 『グラコロ始まるね。』 『あっそうなんだ、もう冬だね。』 『だよね。朝とか外出たら寒っ!てなるよね。』 『うんうん。カイロ、マストだよね〜。』 「とか、ほら繋がるじゃない!」 「そんなジジババ臭いのか子供なのかわからない会話嫌だよ〜。」 「グズグズ言ってないで好きなんでしょ、次のプリント配るときにでもわざと落として拾わせて、お礼いって話しかけなさい。」 「わかったよぉ…」 「あ、ごめん綾野君、プリント落としちゃった。」 「あぁ全然いいよ。ちょっと待ってね。 はい、どうぞ。」 「ありがとう、綾野君、あのね。」 「ん?」 「綾野くん… …グラコロの季節だね。」 だったらどうしよう!! 俺はなんて罪なことをしてしまったのだ。 なんて罪な男だ。 大罪だ。 8つ目の大罪、「鈍感」だ。 処刑される。 いや、処刑されるわけにはいかない。 このまま鍋島さんを悲しませたまま死ぬわけにはいかない。 僕は目を開き、立ち上がった。 目の前で男がキョトンとしていた。 「終わりました? 待ってる間、禅問答かと思いました。」
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