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新しい朝
気がつくと、私は勉強机の上にうつ伏せた状態でした。
カーテンが開きっぱなしになった窓からは、朝日が射し込んでいます。
今までの出来事は、夢だったのでしょうか?
明け方の少し寒いくらいの部屋の中で、たった今まで見ていた夢の記憶を頭の中で整理していると、隣にある兄の部屋の扉が開き、そこから誰かが出てくる音が聞こえました。その足音は兄のものに違いありません。
滅多に部屋を出ることはなかった兄が、こんな時間に階段を下りていくとはどういうことでしょう。
その時、『リビングへ行くんだ』というサムの最後の言葉を思い出しました。
急いで部屋を出ると、私も兄を追うようにして一階のリビングへと向かいます。
すると驚いたことに、そこにはすでに父と母、それに兄が集まっているではありませんか。
「どうしたの?」
それが、みんな揃っての第一声でした。
四人はソファーに腰掛け、それぞれがさっきまで見ていた夢の話を始めました。
それぞれの夢の舞台こそまったく違っていたのですが、その内容は極めて似通ったものだったのです。
兄が見ていたのは、最近家族のことを顧みなくなった父の心の扉を開く冒険の物語でした。
その父が見ていたのは、家族の批難ばかりを繰り返す母の心の扉を開く冒険の物語です。
さらに、その母が見ていたのは、このところわがままばかりを口にする私の心の扉を開く冒険の物語でした。
そして、私が見ていたのは……。
四人に共通するのは扉、鍵、そしてフクロウのサムです。
皆が互いを思いやる気持ちを忘れ、堅く閉ざしていた心の扉を開いたサムとはいったい何者だったのでしょうか。
信じられない、理解できないという表情でお互いを見合っているとき、リビングにある大きな機械時計がゴーンと起床の時を告げました。
これは生前祖父が大切にしていた仕掛け時計です。
時を告げると同時に、文字盤の上部にある扉が開き、中からフクロウが出てきて左右に向かってお辞儀をするのです。
「サム!」
時計のフクロウを見つけた瞬間、四人が一斉に声を上げました。
サミュエル、それはおじいちゃんの名前でした。
私たちは、その時ようやく、家族を心配するおじいちゃんの思いに気がついたのでした。
「おじいちゃん…………ありがとう」
涙がこぼれてくるのを、その場にいた全員が止めることなどできはしませんでした。
「おやおや、朝早くからみんなどうしたんだい?」
突然リビングのドアを開いて入ってきたのは、おばあちゃんでした。
信じられないような光景を目の当たりにして、驚いた顔で一同を見回しています。
「おはようございます、お母さん」
そう言ったのは母でした。
「夢を……、みんながおじいちゃんに助けてもらう夢を見ていたんですよ」
「ほぉ、そうなのかい?」
四人が同時に首を縦に振り、それぞれに今までにあった不思議な出来事を要約して伝えました。
「まぁ、あのおじいちゃんなら、案外そういうことをするかもしれないねぇ」
おばあちゃんは、にっこり笑ってそれに応えました。
「さぁ、朝食の支度をしなきゃ」
涙を拭きながら、母は立ち上がると、兄の方を向いて訪ねました。
「今日は学校に行く?」
唐突に、しかもなんて大胆な問いをするものだと感じましたが、一瞬は戸惑った兄も、直後に何かを決心した表情に変わり、しっかりと頷きました。
それを見届けた母はキッチンへと向かい、父は新聞を取りに玄関へと向かいます。
兄は学校に行く準備をすると言い残してリビングをあとにしました。
おばあちゃんは笑顔で時計に語りかけながら、ガラス扉を開きネジを巻こうとしています。
ガラスに映ったその笑顔は涙で濡れていたのですが、その顔もまた私の目から溢れる涙でゆがんでいました。
家族は一年前の姿へと戻ったようです。
おわり
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