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心の中へ
大切な試験を明後日に控え、私はいつものように大好きな深夜ラジオのプログラムを耳にしながら勉強をしていました。
けれどもここしばらく続いた睡眠不足のせいでしょうか、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようです。
気がついた時には、すでにラジオはオートオフになっており、部屋の中から一切の音が消えていました。
いつになく静かな夜です。
ふと目に入った時計の数字に、なんとなくですが、その静けさにも納得しました。
今夜はもうこのくらいにして、ベッドに入ろうと机を離れた時です。突然、閉じているはずの窓から強い風が入り、その力でカーテンがめくれるようにして大きく開かれました。
何事かと目をやると、真っ暗な闇の中から巨大な二つの目玉がこちらを覗き込んでいるではありませんか。
そこには、すでにカーテンも、窓さえも無くなっていました。部屋から続く真っ暗な世界の入り口に佇んでいるのは、人の背よりもはるかに大きなフクロウです。
「クレア」
フクロウは私に向かって呼びかけてきました。なぜ私の名前を知っているのでしょうか。
本来ならこのような異常な事態に直面すれば、誰しも驚き逃げ出したくなりそうなものですが、今の私はいたって冷静でした。それどころか、ありのままを受け入れる余裕すらあったのです。
それはこのフクロウの大きく開いたふたつの目に、限りない優しさと懐かしさを感じたせいかもしれません。
「さぁ行こう」
フクロウは羽を少し広げるような格好で私を誘いました。
よく見るとその首には、人の背丈の半分くらいはある大きな鍵が掛けられています。
「どこへ?」
「君の兄さんの心の中へ」
「兄さんの?」
「彼を助けたいんだろう?」
「うん」
今から約一年前、ちょっとした事件がきっかけで、私の兄は学校に行くのを止めてしまい、自室から滅多に出ることのない生活を送るようになっていました。
それが原因で家族の心はバラバラになり、毎日息苦しさを感じながらの生活が続いていたのです。
「僕の名前はサム、君に力を貸してあげよう。さぁ、僕の背中に乗って」
サムは顔をこちらに向けたまま、体だけを百八十度反転させると、私がその背中に乗りやすいように羽を広げて体を少し落としました。
「さぁ、早く。夜が明けるまでしか時間がないんだ」
私の心はすでに決まっていました。
そして、大きな背中に手をかけてよじ登り、その体にしがみついた瞬間、
「さあ行くよ、君の兄さんの心の中へ!」
サムは両足を蹴り出し、闇の中へと飛び込んで行ったのでした。
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