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週末の夜のことを夢だと思い込み、気持ちも新たに出社したというのに、悪夢は覚めていなかった。
目の前に新しくアメリカ支社から赴任してきた部長が挨拶をしている。
彼だった。
そういえば、2年ぶりに帰国したと言ってたっけ。
僕は極力彼の目につかないように視線を下げ、紹介が終わると直ぐに自分のデスクに戻った。
会社では目立たぬように前髪を垂らし、眼鏡をかけている。だけど、見つからないはずはなかった。
「ちょっといいかな?この書類について聞きたいことがあるんだけど」
僕の後ろに来た彼はいかにもな感じで僕が出した書類を差し出した。それを受け取ろうとするとすっと書類が下げられる。
「私の部屋で話してもいいかな?」
断れる訳もなく、僕は部長室に入って行く彼の後に従った。彼はドアのところで待ち構え、僕が入るとドアに鍵をかけた。
「君・・・だよね?」
そう言うと、僕の眼鏡を外し、前髪をかき上げられた。
「・・・セクハラですよ、部長」
一応牽制するが、誤魔化せるわけもない。
「僕もあなたも一夜の相手を求めていた。夜は明けました」
胸の鼓動が止まらない。
朝、彼が入ってきた時から壊れたように脈打っている。
「私は一夜のつもりはなかったけどね」
彼は余裕の笑みを浮かべて僕の腰に手を回した。
「・・・運命を信じる?」
ここで会ったことを言ってるのだろうか?
「信じません。ただの偶然です」
あなたもきっと、僕の上を通り過ぎていく一人だ。
今までは来るものは拒まず。
誰であっても付き合ってきた。だけど、彼はダメだ。この人に去られたら、きっと僕はダメになる。
「この広い東京で何社も会社があるのに?しかも同じ部署だ」
それでも、運命なんてただのおとぎ話だ。
そう言おうと思った唇を塞がれる。けれど、肩を押して唇を離した。
「あなたもきっと、僕の前から去りますよ」
「なぜ?」
まっすぐ見つめられて僕は顔を横に向けた。
「みんなそうだからです。大体3ヶ月位するといなくなります」
その言葉に彼は少し考えて、
「なら賭けをしよう」
と言った。
「3ヶ月後に私が別れを切り出したら君の勝ち。別れなかったら私の勝ち。もし私が勝ったら君のその先の3ヶ月をもらおう。そしてその3ヶ月が過ぎたらまた賭けをして、また私が勝ったらさらにその3ヶ月先ももらい受ける」
楽しげに語るその提案に、僕は眉を顰める。
「僕が勝った時のことがありませんが・・・」
「君が勝つことは無いよ」
どこからその自信が出てくるのだろう。それに大事な部分が抜けている。
「僕から別れを切り出したらどうするんですか?」
「それも無い」
「?」
「君は私が好きだろう?」
だから、どこからその自信が・・・て、なんだか面倒くさくなってきた。胸の鼓動もいつの間にか収まっている。彼の腕の中にいるからだ。
「もしも、でいいです。僕が勝ったら何をくれますか?」
きっと僕は立ち直れなくなりますよ?その代償はなんですか?
「もしももないけどね・・・。そうだな・・・私の残りの人生をあげよう」
・・・それってやっぱり負けないってことだよね?
僕は一つ息を吐いた。
この腕の中は心地よい。
離したくない。
「じゃあもし僕が勝ったら、あなたの命を下さい」
命懸けですよ?
「いいよ。じゃあ残りの人生、命も含めて君にあげよう」
なんでもない事のように言い放つと、これでお終いとばかりに唇を合わせてきた。
まだ一日が始まったばかりのオフィスで、僕たちは激しいキスをした。
了
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