幸運の花

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その時の旅人の様子は、来たときとはうってかわっていました。健康そうにハリがあった肌は痩せこけ、まっすぐ堂々と歩いていた足並みは千鳥足のようにふらふらしている。そして何より、来たときは肩甲骨ほどまであった髪の毛が、耳の辺りまで切られていました。 しかし村長はそんな旅人の様子に目もくれず、つぼみがついたという花の方にのみ視線を向けました。そこには確かに、細くも凛とした茎とそのさきにうっすらと色づいたつぼみがついています。 「いやはやここまで育てるのにかなり苦労しました。あともう少しでつぼみも開きます。そこでなんですがね村長、私は種をくださったお礼に、開花の瞬間を貴方と見たいと思ったんですよ。なのでここで咲かせてしまおうかと。いかがです?」 「え……いやいや、そんな!それは是非ともあなたが独占すべきでしょう。ここまで育てたのは紛れもなく貴方。私はなにもしておりません!」 「まぁそうおっしゃらずに」 旅人は机にプランターをおき、つぼみを村長のいる方に向けました。衝撃でつぼみが揺れる。その瞬間、村長は弾けるように扉に向かって走り出します。美しい装飾のミニテーブルを引っかけ、上の飾り付きの花瓶をはねのけて、飴色のドアにすがり付きました。 「!?なぜだ、なぜ開かない!!」 「ここに来たとき、少し細工をさせていただきました。せっかくなら二人で見たいですもの、ねぇ?」 狂ったようにドアを叩く村長の方に、ゆっくりと旅人は近寄ります。 その手には、赤い汚れがついたナイフ。 「この花を咲かせる方法はひとつだけ。まず種を爪の欠片が入った土に埋めて、水の代わりに血を注ぐ。」 旅人はまるで歌うように呟きながら、自身の腕にナイフを刺しました。何度も何度も刺されたそこから、今日も赤があふれでる。 「毎日朝晩必ず二回。成長を早めるなら少々多め。時々肥料に髪の毛を。」 「いやだ、開けてくれ、助けてくれ、なんでもする、なんでも!」 「つぼみがついたら願いの準備。「開けて」花弁が見えたら「お願いだ」開花の予兆。爪に髪の毛、そして「助けてくれ」血液。願いを叶える最後の贄は「やめてくれ!!」」 「人1人分の肉体を!」「やめ゛っ」 ぐちゃっ
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