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「やいノロマ!」王子は精いっぱいの虚勢を張って叫びます。「お前がどんなに頑張っても、俺に追いつくことなどできない! 悔しければ、俺をひと呑みにしてみせろ!」
王子は再び馬に拍車を入れました。鐘楼へと向かう道を選んで進みます。
後ろから龍が追いかけてきます。通りに面した建物を薙ぎ倒し、踏みにじり、石くれに変えながら王子の背中を狙います。
望みどおりに、牙の餌食にしてやろうか。そう考えた龍は首を伸ばして王子に噛みつこうとしましたが、そのたびに王子は向きを変え、しゃがみ、あるいは突然速度を変えて、巧みにそれを避けてみせます。
龍が手加減をやめて、そろそろ全力で走ろうかと考えたとき、視界の正面に鐘楼が見えてきました。王都の中央通りに出たのです。
鐘楼のてっぺんに誰かがいる。龍がそのことに気が付いたとき、王子が叫びました。
「賢者よ! 龍を連れてきたぞ!」
連れてきたとはどういう意味だろう? 龍が不審に思っていると、鐘楼にいた人物の朗々たる声が聞こえました。
「汝、如何なる偉大なる存在なれども、
不死不死身の存在なれど、
今は無力なる人の姿まといて、偉大なる天の主の慈悲を乞え。
ただ心のあり様を形に成して肉の身体を得て
その姿を改めよ」
古代語の言葉です。呪文の言葉です。直感的に龍は、これこそが「龍を倒す魔法」なのだと察しました。
驚いたことに、龍の身体には急激な変化が起きたのです。
地面が目の前に近づいてきます。王子の背中が遠くなっていきます。
爪の生えた腕が、石畳を踏みしだく両足が、背中の四枚の羽が、力を失っていきます。龍は自分の身体が自分のものではなくなってしまったような、そんな不安を抱きます。
息が苦しくなってきます。走ることができません。
龍はとうとう、倒れてしまいました。
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