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夜回りの衛兵が独り、ぶつぶつと文句を言いながら巡回していました。
彼はこの日の寝ずの番だったので、街をあげて王子の歓迎をしているというのに、飲酒を許されなかったのです。
街のそこかしこに、眠りこける人がいました。誰も彼も、お酒とご馳走の匂い、それから稀に、吐いてしまったあとの、酸っぱい臭いをプンプンさせています。
衛兵は顔に不平と不満と不機嫌を混ぜ合わせた表情を貼り付けて、松明を片手に、暗い道を歩いていきます。
不意に、暗がりから男が現れて衛兵につかみかかってきました。酷い臭いがします。
「なんだぁ? また酔っぱらいか?」
夜回りをしていると、酔っぱらいに絡まれることはよくある事でした。こういう酔っぱらいは適当にあしらって、それが無理なら留置場に放り込んで酒が抜けるのを待つのが通例です。
「勘弁してくれよ」と、衛兵は臭いを我慢しながら、男に語りかけます。「おい、おっちゃん。俺は衛兵だぞ。さっさと手を離さないと、しょっぴくぞ」
男は衛兵の話を聞いていないようでした。手を離すどころか、ますます指に力を込めて、しがみついてきます。
「オイ、離せ。いい加減にしないと、ぶん殴っていうこときかせるぞ」
衛兵は男の手をつかんで振りほどこうとしました。そして、その力が自分よりも強いことに気が付きました。悪臭はますます強くなり、腐敗臭といっていい臭いに……いや、これは死臭です。
闇の中、男の顔が月明かりを浴びてあらわになります。その顔にはドロドロに腐った皮膚が貼り付いていて、口元の鋭い歯だけが月の光を反射して白く輝いています。衛兵はヒッと短い悲鳴をあげて、助けを求めて叫びます。
「大変だ、不死者だ! 街に不死者が紛れ込んでるぞ! みんな起きろ!」
その叫び声に答える声はありません。通りのどこかで、酔っぱらいが幸せそうなうめき声を上げるだけです。衛兵はなおも、危険を呼びかけましたが、その声はやがて助けを求める声になり、おぞましい絶叫で終わりました。
兵士の松明は宙を舞い、石畳に叩きつけられて火の粉を散らしました。
そうしてその夜の惨劇が始まりました。
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