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4話 執事と公園
よく晴れた休日の朝である。
「うむ、青い空が眩しいっすね!」
自室の窓から空を眺め迦阿子が言った。腰に手を当て仁王立になるその姿は大変男らしい。まぁ、着ているものがパジャマなのであまり締まらないが。ついでに言えば迦阿子は花も恥じらう女子高生である。
「こんな日はやっぱり部屋にこもってゲームやってYouTubeを見るに限るっすよ」
ならば、天気の良し悪しなど関係ない気もするが当の本人はやたら上機嫌である。
「よーし、今日は引きこもるぞ!」
眩しい笑顔でそう宣言した迦阿子の腹がグゥと鳴った。
「……その前に腹ごしらえっすね」
そう言うと迦阿子は踊るような足取りで部屋を出た。階下にある居間へ行けば執事が朝食を用意してくれている。しかも、その味は間違いがないものとくればもはや楽しみしかない。
一人暮らしをしていた頃とは雲泥の差である。自分で食事の準備をしなくても美味しいものが出てくるとはなんと素晴らしいことか。執事と暮らすことことのありがたみをひしひしと感じる。
まぁ、朝から顔に水ぶっかけられる時もあるけどな!と迦阿子はなかなかに執念深いことを考えながらトントンと軽快に階段を降りていった。
「おはようございます、お嬢様」
居間にはいると執事の翔太がそう言って恭しく首を垂れた。
「ん、おはよっす」
「すぐにお食事の準備をいたしますので少々お待ちください」
下ごしらえはすでに済ませていたのであろう。言葉通りすぐに食事が運ばれてきた。本日のメニューは白米に干し魚を焼いたもの、それと漬物に豆腐、味噌汁、卵焼きであった。
迦阿子の前に食事が並べられたすぐ後。彼女の対面に同じ食事がもう1組並べられた。その前に翔太か着座するのを見て迦阿子の頬に笑みが浮かんだ。
「ほほぅ、今日は和食っすか」
嬉しい気持ちを誤魔化すように迦阿子が言った。平日はサッと済ませらるパンなどが好ましいが休日はじっくり和定食を味わうのもいいものだと内心で舌なめずりをする。だが、そんな食い意地のはった心とは裏腹に口元へ食事を運ぶ迦阿子の所作は楚々としたものであり、育ちの良さを感じさせた。
腐ってもお嬢様である。なんだかんだ言って教育は行き届いているようである。
そんな主人と食事を共にしていた翔太が口を開く。
「お食事中失礼いたします、お嬢様」
「なんっすか?」
「お頼みしたいことがありまして」
珍しいこともあるものだと思いながら迦阿子はコクンと咀嚼していた卵焼きを飲み込み小首を傾げる。
「頼み?」
「ええ、実は食材の買い出しにお付き合い願いたいのですが」
「まぁ……別にいいっすけど、なんでまた?そんなに買うものの量が多いんっすか?」
「いえ、量が普段より多いわけではありません……ただ今日近所のスーパーで砂糖の特売をしていまして。それが『お一人様一点のみ』となっているのでご助力お願いできないかと考えた次第です」
「なるほど」
顔に似合わず随分と所帯染みたことをいうものだ、と迦阿子は苦笑いする。だが、迦阿子たちの生活が亡き家族が残した遺産で賄われていることを思い出せば納得できる。簡単に使い切れるような額ではないが有限であることに変わりない。ならば節約することは大切だろう。
「いいっすよ、付き合うよ。砂糖でも塩でもなんでも買うっす」
「ありがとうございます。それではお嬢様もご予定がございましょうから、お出かけは朝食後とさせてください」
「了解っす」
それなら買い物後も十分自分の時間を確保できる。もっとも今日の予定はゲームと動画鑑賞だけなので時間の融通はきくのであるが、それでも用事は早く終わってくれたほうがありがたい。
「では、ご準備が整いましたら僕にお声掛けください」
こうして二人は共に出かけることになったのである。
買い出しはつつがなく終わった。砂糖のほかに食用油も格安で買い足すことができたので翔太は満足そうである。
まぁ、表情の乏しい男なので顔から感情を読み取ることは至難の技であるが。しかし、様子から機嫌がいいのは明らかだ、と迦阿子は思った。まだ、知り合って間もない二人だが、そうした変化に気づけるほどに仲は深まっていたのである。
「お嬢様、帰りにケーキなどいかがでしょうか?僕のポケットマネーでご馳走いたしますよ?」
......などと思ったのに、わかりやすいほど機嫌良く翔太が言った。見た目こそ氷のような冷たい印象の男であるが根は存外単純で子供じみたところがある。
はぁ、と迦阿子はため息を吐く。妙な疲れを感じたのだ。
「んじゃ、お願いするっす」
「はい、帰りに洋菓子店に寄りましょう」
わずかに口角を上げ翔太は言った。まったく、と思い迦阿子は窓の外を見る。すると青い空が広がっているのが目に飛び込んできた。
空には雲一つなく澄み切っている。降り注ぐ陽光はポカポカと暖かそうで、それが妙に心をざわめかせた。
「散歩でもしたいなぁ」
そんな言葉が思わず口をついた。ハッとして翔太の方を見ると彼は優しい笑顔を浮かべ言った。
「それはようございます。こんな日に体を動かすのはさぞ気持ちが良いでしょうね」
「い、いや、今のはなし!晴れた日に散歩したいなんてお年寄りじゃあるまいし!」
迦阿子の言葉に翔太は小首を傾げる。
「いえ、良いお考えと存じます。それにこんな気持ちの良い日に体を動かしたいと思うに年齢など関係ないと僕は思いますが?」
「いやぁ、でもっすよ」
「よろしいではありませんか。ちょうど近くに公園もございますし」
何か反論しようと迦阿子は手を胸の前でワチャワチャと動かしたが、結局口を閉じた。自分の気持ちに嘘をついても仕方ないと諦め息を吐いた。それから急にニヤリと笑ったかと思うと口を開く。
「よーし、なら今日は町中の公園を歩き回ってやろうじゃないの!公園の梯子っすよ、梯子!」
右手をぐっと突き上げそう宣言した迦阿子を見て翔太は一瞬目を見開き驚いた様子であったが、すぐクスクス笑い声を上げ「かしこまりました。どこまでもお供いたしますよ」と答えた。
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