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驚く惺と裏腹に菊池は少しげんなりした顔をして見せた。
「でもホラあの子、唯月に似ちゃって無駄に弁が立つから、屁理屈捏ねて上手いこと言い包めたらしいよ?」
霞月の父の兄がどんな人物かはわからないが、惺の脳裏には極道の厳つい男を白けた瞳で見つめる霞月が冷静に論破する構図が浮かぶ。
――うん、何だかすごく霞月らしい。
買ったまま温くなってしまったコーヒーのプルタブをプシュッと小さな音を立てながら開けた菊池はそれを手に持ったまま、複雑そうに哀愁にも似た笑みを浮かべた。
「でもまあ、そういう状況だったから、文絵さんは自分に何かあった時のために、あれだけ厳しく霞月ちゃんのこと育ててきたんだ。『泥棒』って呼ばれてるのも遺産の殆ど霞月ちゃんのために遺しちゃったからだし」
「厳しく?」
「気づかなかった?あの子なんでもできるでしょう?」
それには反論のしようがない。霞月が並の高校生の枠に入っていないことは嫌というほど思い知らされている。
「霞月のおばあさん、もともと体調良くなかったってことですか?」
「いや、そんなことはなかったよ。でも歳も歳だったからいつも心配してた。もし早くに自分が逝くことになったら今よりももっと苦労するだろうからって。
だからピアノはもちろん、本来だったら花嫁修行として身につけるようなことも全部小学生の頃から叩き込まれてたし、高校や大学に通える保証があるわけじゃないから、必要なことを自分で学べる力を身に付けさせたいって、独学で勉強させてたんだ。文絵さんテーブルマナーとフランス語、フランス料理教室のサロンやってたから、事業の手伝いと称して、マーケティングとか経営の勉強してたりとかね」
苦笑しながら「良いことだとは思わないけどね、僕は」と付け加えた。
「子どもには子どもらしくいる時間も必要だと思うんだ。でも文絵さんが娘の忘れ形見に幸せになって欲しくて必死だったのは本当だよ」
――ああ、そういうことか。
漸くずっと疑問に思っていたことが全て解けた気がした。
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