4.カスミソウ

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「そういえば、霞月のお兄さんも音楽をやってたんですね」  話を終え、これから仕事に戻るという菊池との別れ際、ふと思い出して惺は彼女の兄のことを尋ねた。 「ああ、うん。かわいかったよ、二人で歌ってピアノ弾いてさ。大人顔負けだったけど、やっぱり子どもだから楽しそうにキャッキャしててさ」  視線を遠くに置きながら懐かしそうに目を細め、柔らかく微笑む菊池に、写真の中の少女の眩しい笑顔が思い出された。 「あの二人、本当に仲良くて双子みたいにべったりだったから、唯月はいつかどっちかに恋人でもできたら大騒ぎだって笑ってたよ。霞月ちゃんも昔は香純、香純っていつも追いかけ回してたけど、やっぱりショックだったからか、亡くなってからはあんまり香純くんの話しなくなっちゃったな」  突然、聞きなれた名前が上がり、ドキリと心臓が飛び跳ねた。 「か、カスミ?」 「うん、霞月ちゃんのお兄ちゃんの名前『芳純に香る』で香純。香純くんは千香ちゃんから、霞月ちゃんは唯月から一文字ずつ貰ってるんだ。まあ、霞月ちゃんは香純くんの名前から音を貰って『霞』の字を決めたんだけどね。ほら、一文字でカスミって読めるから」  余りの衝撃にただ絶句することしか出来なかった。 『カスミ』は惺がつけたバーでの彼女の通り名だ。  だが、それは彼女の死んだ兄の名前でもあったのだ。  菊池は悲しそうに眉を下げながら続けた。 「事故があった日はさ、香純くんの誕生日で、本当はケーキバイキング行く予定だったんだ。だから霞月ちゃん今でも甘いもの一切ダメなんだよ――」
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