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菊池と別れ、病室に戻っても彼女はまだ眠っていた。
惺は少し作業をしようと、彼女の荷物と共に持ってきたパソコンに向かったものの、なかなか思うように集中出来ないでいた。
ふと気がつくと、先ほどまでの菊池との会話を反芻してしまっている。
彼女の兄、香純の話が思っていた以上にショックだったのだ。
スクリプトの映るスクリーンを睨みながら、惺は初めて霞月がバーを訪れた夜のことを必死に思い出そうとしていた。
佐倉に名前を聞かれた彼女を見て、惺が苦し紛れに呼んだ『カスミ』という名前。ぼんやりと浮かぶ彼女の表情は、酷く驚いていたような気がする。
――それはそうだろう、突然死んだ兄の名前で呼ばれたのだから。
頭を振りながら、これ以上作業をすることを諦めて電源を落とすとパソコンを閉めた。
ベッドで眠る霞月に視線を落とす。
解熱剤が効いて、熱が引いて来たらしい彼女は幾分楽になったようで、顔色も良くなった気がする。やや緩んだ口角が少し上がっているのはいい夢を見ているからかもしれない。
惺はベッドサイドテーブルに残されたままの二枚の写真に手を伸ばした。
照れくさそうに眉を寄せる祖母の写真と、幸せそうに笑う家族写真。
真夏の向日葵のように眩しい笑顔を見せる霞月と手を繋いだ香純は、日に焼けた肌にニカッと白い歯を輝かせながら笑っている。
幼い二人の笑顔はとてもよく似ていて、兄妹なのだと一目でわかる。
幸せそうな笑み。
一瞬で壊れてしまった家族――。
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