4.カスミソウ

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 最近は大分減って来ていたが、彼女が夜中にうなされているところは今までも何度も遭遇していた。でもどんな夢を見ていたのかを彼女が語ったのは、今日が初めてだった。きっとその夢を語るには家族について説明せざるを得ないから話したくても話せず、ずっと口を噤んできたのだろう。  しかし『香純』と言いかけた口がすぐにそれを言い直したことに気付いた惺は、思わず息を詰まらせ、ただ不自然なほど単調に黒い髪を撫で続けた。  彼女の震える息遣いが静かに病室に響く。  閉まった扉の向こう側から看護師たちの話し声と足音が近づき、通り過ぎた――。  惺の肩に掛かっていた重みがすっと和らぎ、顔を上げた彼女が涙を滴らせながら彼を見上げた。  涙に濡れる頬。  首に貼り付いた黒い髪。  赤く充血した目、その中心にある潤んだ瞳が惺をじっと見つめる。 「――……なんでそんなに、悲しそうなの?」  ハッと息を呑んだ。  彼女の腕がゆっくりと惺の首から解かれ、右手が柔らかく彼の頬を包み込む。 「どうしたの?……何かあった?」  自分の意思とは関係なく、眉が下がり唇が歪んだ。  ――なんでキミは……。  悲しく怖い夢にうなされて、泣いていたのは彼女自身なはずなのに、些細な惺の変化に気づき気遣う彼女に、堪らない気持ちでいっぱいになる。  誰よりも深い傷と悲しみと闇を背負いながら、誰よりも繊細で、温かで、澄んだ心を持つ不器用な彼女――。  色々な感情が乱れ混ざり合い、今にも溢れ出しそうだ。  目を瞑り込み上げて来る沢山の感情をやり過ごそうとする。  吸い込んだ空気と共に体の奥に溶け込ませ、呼気と共に蒸散させる。  そして、最後に残ったそれだけを言葉にした。 「好きだ――」  再び彼女を視界に映す。  大きく目を見開いた彼女が真っ直ぐに自分を見つめていた。
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