4.カスミソウ

19/24
92人が本棚に入れています
本棚に追加
/478ページ
 頬にある華奢な手に、一回り大きい自分の骨張った手を重ねてそっと握る。  彼女の黒い瞳がゆっくりと伏せられ、それから上目遣いに再び惺を見上げると、霞月は泣き腫らしたままの顔で控えめに微笑んだ。 「うん、知ってるよ。ありがとう――」  それだけで十分だった。  ふわりと温かい感覚に包まれ、胸の奥に渦巻いていたものを包み込み凪いでいく。  その言葉はただの承認で、それ以上でもそれ以下でもない。 『彼女が自分の想いを知って、そのまま受け止めてくれる』  そんな小さなことをずっと躊躇い、そんな小さなことができる日を惺はずっと願ってきたのだ。  今度は自分から手を伸ばし、彼女を腕の中へ包み込んだ。  触れた場所から彼女の体温が伝わり、最後まで残っていた氷の塊のような『躊躇』を溶かしていく。 「――謝りたかったんだ」 「え?」  顔を見なくても彼女が怪訝そうに首を傾いだのが分かる。 「菊池さんからお兄さんの名前聞いた、『カスミ』だって」  少しの沈黙を挟んだ彼女は小さく「ああ……」と声を漏した。 「……ごめん、店で呼ばれるたびに辛かったでしょう」  すると彼女は惺から身体を離して座り直し、柔らかく笑みを浮かべながら『ヨシヨシ』と彼の頭を撫でる。そんなことを家族以外にされたのは初めてで驚きに身体が強ばる。 「そんなこと気にしなくていいんだよ――」  オレンジの髪から離れ、再び重ねられた彼女の手は温かかった。
/478ページ

最初のコメントを投稿しよう!