5.虹の麓

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 ――違う、そうじゃない。  惺に触られると、近づきたくなる。近づけば、もっと触れて欲しくなる。  それが何なのか分からなかったなんて、そんなのは嘘だ。惺のことは最初から『好き』だった。その気持ちは一緒にいる間に刻々と変化していったけれど、気づかないふりをしていただけた。  ――惺はそれを許してくれたから……。  自分が近づけば、優しい彼は受け止めてくれることを知っている。でも、その彼の優しさに見合うほどの何かを返せるような器量は自分にはない。  そうしていつか、彼に見合う優しさを持つ女性が現れたら、惺はどうする?  もしまた何か悪いことが起きたらどうする――?  ――怖い……。  指先が恐怖に痺れてくる。  ちょっと想像するだけで全てを呑み込むような不安が押し寄せて、すぐに頭を振って思考を放棄する。  『猫と飼い主』の関係は楽だった。決まりごとさえ守れば、恒久的にそこにいられる気すらしていた――。  でもそこにはもう戻れないことを知っている。  惺だけじゃない、霞月にとってもそれはもう『違う』のだ。  不意にサイレントモードになったままのスマホの画面が光っていることに気づいた。ディスプレイに現れたのは夕貴の名前だった。  時間は午前一時すぎ。  首を傾げながら、通話ボタンをスライドさせて耳に当てる。 「お、悪いな?起こしたか?」  いつもよりトーンを抑えた夕貴の声の後ろでは、人の話す声が聞こえた。 「ううん、どうしたの?」 「お前の従兄弟、石庭とやりやって警察に連行されたんだ」 「え――?」  視界がぐにゃりと歪み、頭が締め付けれられるように痛み始める。 「石庭は今病院に行ってるから、私が代わりに電話したんだけど……」  夕貴の声が耳の中でエコーして、その後は何を言っているのかきちんと聞き取ることは出来なかった――。 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…
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