5.虹の麓

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「おばあさんが言ってたのはそういうことだよ。霞月は美人で魅力的だから変な男が寄ってきて、トラブルに巻き込まれないように気をつけなさいって」  眼前でイチャつく二人に呆れた視線を向けながら、菊池も惺の言葉を補足する。 「また中学生だったから、直接的な話はしたくなかったのかもしれないけど、確かに文絵さんの言い方も悪かったね。でも文絵さんは霞月ちゃんのこと大切にしてたから、君が変な男に言い寄られちゃうことを心配していたんだよ」 「何それ……」  呆気に取られているような、気の抜けた声が漏れた。 「霞月ちゃん、君は何一つ心配しなくていいんだよ。だから僕に君の親権を委ねて貰えないだろうか?」  彼女を安心させようと菊池は柔らかく微笑んで見せたが、霞月の顔は強張ったままだった。  瞳が不安そうに揺れている。  やはり怖いのだろう。祖母が亡くなってから、いや、もしかしたら両親と兄が亡くなってからずっと感じてきた恐怖。しかもそれは祖母の死によって肯定されてしまったようなものだ。  惺や菊池にまで『悪い事』が起きたらその手に残るものは無と等しいと怯えてるに違いない。  彼女の心の傷は惺が想像しているより、きっとずっと深いに違いない。もちろんそれは彼女が経験して来たことを考えれば仕方ないことだ。家族の死、利春からの虐待、伯母からの暴言とネグレクト。どんなに屈強な精神の持ち主でもこれだけの出来事が重なれば、そこに深い傷の一つや二つ残るはずだ。  ただその傷が露呈した今、大切なことはこれからそれにどう対処(コーピング)していくか、またその手段を彼女が学べるような環境を作ることだ。  彼女がこの認識を改めるためには、椎葉も言っていたように専門家の介入があった方がいいのかもしれない。
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