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少しの間、口を噤んでいた彼女が何かを言おうと口を開く。
しかし惺はその表情から彼女がまだネガティブな思考に陥ったままであることに気づき、艶やかな髪を優しく梳きながらその言葉を遮った。
「じゃあ、こうしよっか?」
孤独に苦しむ黒い瞳はそれでも周りにいる人間を遠ざけようと揺れている。
惺は彼女の反応を計算しながら、慎重に台詞を選ぶ。
「二択にしよう。菊池さんに親権を授けるか、俺と結婚するか」
「はぁ?!」
霞月と菊池の声が気持ちいいくらい綺麗に重なり、二人揃って惺を振り返った。
ニッコリとした笑みと取り繕った余裕を張り付ける。
余裕など端からないが、あるのはたった今考えた道筋。そこから霞月が出せる答えは一つだ。
『結婚』は手段として考えてはいたし、段取りも立てていたが、あの時と今とでは状況がだいぶ違う。そもそもぼんやりと想像していたプロポーズはもっと妥当なプロセスを踏襲したものだったはずだ。
それにも関わらずまさか『プロポーズ』を切り札的に、しかも『イエス・ノー』以外の二択で、更に言うなら拒絶されることを前提として使うなどとは思ってもなかった。
それでもなんでもない風を装ってさらに続ける。
「二人もキミを心から大切に思う男がいて、キミも心から信頼しているのに、その二人を無視して、自分を犠牲にしながらどこかに行くなんて許さないよ」
あんぐりと開けられた霞月の口が戦慄き、希望的観測ではちょっとくらい赤らめて笑みでも浮かべて欲しかった顔は、心なしか青ざめて怒ってすらいるように見えるから切ない。
「ば、ば、ばっかじゃないの!?」
「ひどいな、プロポーズした男をバカだなんて」
盛大に吐きたくなる溜め息は心の中だけで留めておく。
「バカ以外に何があるのよ?!まさか博士課程行かないなんていうんじゃないでしょうね?」
「就職先は一応検討してるし、知り合いから誘われてるところもあるから心配しなくて大丈夫だよ」
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