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次の日も、その次の日も、柏乃信は璦百に会いに薬屋へとやって来た。その次の日は、母上に食べさせる甘味を一緒に選んでほしいと言って、璦百を連れて市中を歩いた。その次の日は、母上の食欲が戻ったのだと無邪気に笑い、その次の日は、日頃の感謝の気持ちだと璦百に簪を持ってきた。
「柏乃信様は罪な男だな」
璦百の髪でちらちらと揺れる花簪を見ながら、桜助は盛大に息を吐いた。桜助がこういう態度をとる時は、大概が自分の話を聞いてほしいという合図だ。いちいち構っていてはキリがない。
「その簪はつけて歩かない方がいいと思うぜ、俺は」
「はいはい、そうですね」
「はいはいって、お前。男から簪を贈られるってことが、どう言う意味か分かってるのか?」
「知りませんね。ところで、川端様のお薬はこれだけで良いのですか?」
「いや、足りない。あれだ、あれ。あれも入れとかなきゃ、川端の爺さんは腰が痛むと言っていたからな」
薬棚から目当ての包みを探し出した桜助が、湿った視線を横目で送ってくる。分かったな?と言いたいのだろう。
「分かりました。これはしまっておきます。そうですね、ここに入れておきましょう」
結い上げた髪から花簪を引き抜き、薬棚にのせる。柏乃信は「感謝の気持ちだから、気負わずにもらって欲しい。返されても渡す人がいないから」と笑っていた。
嘘だということは分かっていた。柏乃信には小夜という許嫁がいる。近いうちに祝言を上げるのではないかと、至る所で噂話を耳にする。
「私は別に、柏乃信様とどうこうなろうだなんて思ってはいないのです。だから、騒ぎ立てる必要などないのですよ?その方が、よほど面倒なことになると、私は思いますけど」
「俺が騒がなくても、近所の婆さんたちが騒ぐに決まってんだろ。そうなってからじゃ遅ぇんだよ」
「薬屋の桜助さんったら、あの若くて可愛らしいお嫁さんを掠め取られちゃったんですって。あらあら、柏乃信様は素敵な方だもの、そりゃあ仕方ないわねぇ。ってことですか?」
「そういうことじゃねぇよ。お前は分かってない。男と女のことを本当に分かってねぇよ」
盛大に息を吐き、がっくりと肩を落としている桜助に「じゃあ、教えてくださいよ。男と女のことを」と言って揶揄うと、不貞腐れた様子で奥の部屋へと行ってしまった。
桜助は心配しすぎだ。——そう思っていた。
柏乃信は相変わらず、毎日薬屋に顔を出し、簪はつけてくれないのかと璦百に尋ね、その度に、壊してしまったら困るから、と言って誤魔化していた。
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