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目を覚ました時——璦百は燃え落ちたはずの屋敷の中にいた。自室に敷かれた布団も、窓からの景色も、細かく組まれた天井も、襖の模様も、全てが元に戻っていた。
傍に座った疵音はいつもの姿で璦百を見つめ「大丈夫って言ったでしょ?」と言って笑っていた。その笑顔はいつもと同じようで、全くの別物だった。
「疵音が妖狐になってしまったのは、私のせい。あの子は耳が聞こえないかわりに、弱者の声を聞くことができる、心の優しい白狐だった。
神の使いにはなれなくても、彼がこうして生まれてきたことには意味があった。私を救い、励まし、慰めてくれる大切な存在だった。私たちは、ずっとそばにいるのだと誓い合った。
けれど、千杜世様はそれを許してはくれなかった。疵音がまた誰かを殺めた時には、躊躇うことなく妖祓いするとおっしゃった。疵音はもう二度と妖狐には変化しない、誰のことも傷つけない、璦百の言うことをきちんと聞く、と約束した。
千杜世様は、こうも言った。神である璦百と妖となった疵音は決して交わってはいけない。ナニが生まれ、ナニが壊れるか分からないから、と。
私は疵音と生きていく為に、山から降りるのをやめた。けれど、そのせいで、この街は妖に取り憑かれてしまった。私は私の煩悩のせいで、この地の人々を傷つけ、己の責務を放棄している。このままではいけないのだと、分かってはいるのです」
白狐である疵音の尾は、元々一本だった。これから先、増えることも減ることもなく、永遠にそのままのはずだった。
あの日、屋敷に火を放たれ、炎に包まれた疵音は、生きたいという想いと、理不尽な世の中への怒りを暴発させ、妖狐となって己の身を守りきった。あの日、璦百に出逢うまでに、日々、蓄積されていった負の感情は、消えることなく燻っていたのだ。
妖狐は妖力が強くなるにつれ尾の数が増えていく。疵音の尾は、五本まで増えている。ほんの二年前に妖狐となったとは思えない速度で進化している。それを促している力は、間違いなく負の感情だ。
己の身だけでなく、燃え落ちた屋敷をどのようにして再建したのか、あの娘はどうなってしまったのか——それを知るのは疵音だけだ。
「あなたのせいではありませんよ」
璦百が話し終わると、雅久はそう言って微笑んだ。憐れむわけでも、蔑むわけでも、同情するわけでもなく、ただただ諦めたようなその笑顔に救われた。
「あなたが屋敷に来た時、疵音は面白いことが起きそうだね、と言ったの。あの子は自分が千杜世様との約束を破って、妖狐に変化していることを知って、あなたが妖祓いに来たと思ったのでしょうね。あの子は自らの力を試したい欲に駆られている。あなたならあっという間に勝てると踏んだのね」
「そんな素振りは少しも見せずに、腹の中では私を食い散らかすことを考えていたなんて……恐ろしい子だな」
「そう、恐ろしい子。千杜世様は私が手を下すべきだとお考えなの。でも、できるわけないでしょう?疵音は私の……」
視界がぼやけ、思わず立ち止まる。泣くなんて一体いつぶりだろうかと、内心動揺する。深い深い場所に葬り去り、忘れたフリをしていた感情が、こんなにも揺さぶられ、出口を求めて彷徨っている。
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