疵音

5/14
前へ
/66ページ
次へ
「ごめんなさい……そう言って泣くんだ。堪らないよ。どうしようもなく胸が痛いよ」  璦百を深い深い眠りに落としてから、妖の姿となり、沙和の屋敷に通う。それが日々の終わりになりつつあった。千杜世との約束はあっという間に破棄され、それでも、今度こそは祓ってやると叫びながら、千杜世が屋敷に乗り込んできたことは一度もなかった。気がついているのか、気がついているのに気がついていないフリをしているのか……。 「私が璦百様のかわりになってあげる」  盃にうつった不甲斐ない自分をぐいと飲み干した時、疵音の背に寄りかかっていた沙和が言った。 「私は妖だし、疵音と肌を合わせても、何の問題もないでしょう?」 「ふざけないでよ」 「ふざけてないよ。私は好きだもの、疵音のこと……。前にも言ったでしょう?疵音には璦百様がいるから、ずっと一緒にいたいなんて言わない。でも、たまにでいいから会いたいって」  わがままなのは分かってる。そう言って俯いた沙和の腕を引き、そのまま組み敷く。絶対的優位な体制から沙和の顔をまじまじと見る。初めて出逢った時とは違い、痛々しい痣もなく、白い肌は艶やかで、頬を桃色に染めている。あちらこちらに視線を揺らし、少しもこちらを見ようとしない。 「男なんて馬鹿だから、私の妖術を嗅いだ途端、あっという間に着物を脱ぎ始めるの。可笑しくて笑っちゃう」  そう言って、下品な笑みを浮かべている沙和とは、全くの別人だ。 「僕に抱かれたいのなら妖術を使えばいいじゃない。男はみんな馬鹿なんでしょ?」 「疵音は馬鹿じゃない。それに、妖術を使って抱かれるのは、妖力を強くする為よ。疵音から力を奪う気なんてない。言ってるじゃない。好きなんだって」  世の中の正しいことを濃縮したみたいに、思いの丈を吐き出す沙和を見ていると、何もかもがどうでも良くなった。求められるのは嬉しい。それに応えたからといって、責められる理由はないはずだ。瞳を潤ませた沙和の唇を、自分のそれで塞ぎ、舌を這わせる。柔らかな感触が、舌先から腹の下へと直接伝わる。 「僕が好きなのは璦百だよ」 「知ってるよ。私は、璦百様を好きな疵音が好きなの。手に入らなくても、いいの」  帯を解き、襟を開く。露わになった胸元に指を這わせ、小さな頂を口に含むと、沙和の口から甘い吐息が溢れて消えた。体を縁取る線を丁寧になぞり、湿った割れ目に指を挿し、溢れる蜜を絡めとる。蕾はゆっくりと咲き、疵音を今か今かと待ち侘びている。 「僕って嫌な男だよね」 「そんなこと、ない」 「璦百といると、沙和のことを考える。沙和といると、璦百のことを考える。結局僕は、僕のことしか愛していないんだなって、今分かったよ」  沙和の脚を高く掲げ、躊躇うことなく自身を沈める。温かなうねりが疵音を包み込み、小さな吐息が溢れ落ちた。何もかもが変わってしまった。けれど、少しも後悔していない。沙和に覆い被さるようにして桃色の頬に触れ、唇を飲み込み、舌を絡める。 「っ、ん……ぅうっ」  本能のまま腰を揺らし、奥の奥を突き上げる。沙和は泣いているような顔で、疵音を見上げ鳴き声をあげている。愛らしくて、意地らしくて、いつまででも聞いていたい。そう思った。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加