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可笑しな女が屋敷に火を放ち、疵音が妖狐になってから、璦百は山を降りなくなった。
毎日、朝と夜、屋敷の奥で、この地が平穏でありますようにと祈りを捧げ、その他の時間は疵音と共に過ごした。
初めの頃は戸惑った。璦百が山を降りている間、沙和と過ごすことが当たり前になっていたからだ。疵音を一人にすれば、また妖と繋がりを持つ。それは、疵音にとっても璦百にとっても良くないことだと、千杜世に言われたのだろう。
「私がいない間、疵音は何をして過ごしていたの?」
悪意を含んだ質問だと思った。璦百は疵音が沙和と会っていることを知った上で、そう問うたのだ。
「薬草を籠一杯に集めて、それから、そうだな、璦百のことを考えていたよ」
嘘ではないけれど、本当でもない。璦百は「そう」とだけ答え、小さく微笑んだ。その表情には、悲しみが漂っていた。
褥を共にし、共に食事をし、時には手を繋いで山道を歩き、黒狐様に共に祈った。日が上り、沈むように——璦百はいつも隣にいた。幸せで、幸せで、幸せだった。
それでも璦百は、疵音に体を許すことは一度もなかった。どれほど疵音が求めようとも、決して、首を縦には振らなかった。
疵音が沙和と体を交わらせ、日に日に妖狐としての力を増していることに、気がついているはずだというのに、知らないフリを決め込んでいた。
どうして……。と疵音に問いかけた璦百はもうどこにもいなかった。こんなことをして良いわけがない。そう言って怒りを露わにすることもない。全てを諦めたように、ただただ堕ちていく疵音を傍観している。何を言っても理解できない役立たずだと認定されたことに気がついた時——悲しみよりも怒りの方が強かった。
——璦百は、共に堕ちてはくれない。
毎晩、毎晩、沙和を求めた。知らぬ場所が、どこにも見当たらないほど、繰り返し、繰り返し抱いて、抱いた。沙和はもう、璦百のかわりではなくなっていた。
冷酷で無慈悲で、受けた傷はその何倍にして返す女。璦百のかわりだろうが、愛されてなかろうが、そんなことはどうでも良いと言い放ち、ただただ疵音の体を求める女。欲望の赴くまま、感情の起伏のまま、生きる女。いつのまにか、心の奥底に棲みついて、深く深く根を張り、雁字搦めの愛で縛り付け、逃げられなくなった。残酷な女だと分かっていながら、求めずにはいられなくなっていた。
璦百の前では無邪気に笑い、夜毎、沙和を抱く——そんな堕落した日々を二年続けた頃、沙和は強力な妖となり、それに倣うように疵音も力を増していた。
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