疵音

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「使えそうな男を見つけたから、正気を吸い取った後、あの女の元へ行かせたの。そしたら、どうなったと思う?」 「どうなったの?」 「あの女の顔に私と同じ痣ができたの。あの男は、それでも構わない。予定通り祝言をあげよう。なんて、言っていたけれど、今ではすっかり私の虜よ。自分が捨てた醜い女を、馬鹿みたいに求めてるの。あぁ、可笑しい。いい気味よ」  褥に寝転がっている疵音の頭を膝に乗せ、銀色の髪に指を滑らせながら、沙和がクスリクスリと笑っている。その頬は真白で艶やかだ。痣のあった醜い女の面影など、少しもない。 「沙和はもうあの頃みたいに醜い女じゃないよ。復讐が無事に終わったのなら、これ以上、妖力を強める必要はなくなったってことだね」 「まぁ、そうね。でも、男と交わって、生気を吸い込めば吸い込むほど強くなれる。使える妖術も増える。そしたら、少しは疵音の役に立てるかもしれない」 「僕はもう誰のことも利用しないよ。沙和は沙和の幸せを見つけなよ」 「私の幸せは疵音のそばにいることだって言ってるでしょ?ねぇ、どこに行くの?行かないで……行かないでよ」  立ち上がった疵音の腰に腕を回し、縋るように見上げる沙和の頭を優しく撫でる。 「もう、日が上る。そろそろ帰らなきゃ」 「璦百様は疵音が起こさなければ、永遠に眠り続けるんでしょ?だったら、そのままでもいいじゃない。眠っている璦百様はずっと疵音のモノよ」 「それもいいかもね」 「じゃあ、もう少しここにいて。お願い」  沙和を抱きしめ「また、夜に来るよ」と宥めていると、ふと、纏わりつくような視線を感じた。戸口を振り返ると、紅色の着物を着た幼女が目を擦りながら立っていた。 「莉、おはよう。もう起きたの?」 「疵音、おはよう。母上もおはようございます」  まだ寝ぼけている莉を抱き寄せ、両腕で二人を包み込む。莉は親に捨てられた子だ。山の中で泣いているところを、沙和が拾った。人間のままでは、色々と不都合だからと、妖にされてしまった可哀想な子だ。 「このまま三人で暮らしましょう?」  残酷な女にでも母性はあるらしい。疵音の腕の中でまたうとうと頭を揺らしている莉を見て、沙和が柔らかく微笑んでいる。確かに、それもいいかもしれない。むしろ、ここの方が居場所としてはしっくりくる。けれど「それもいいかもね」とは、どうしても言えなかった。
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