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紅芭
——どうしてこんなことになったのか……。
布団に寝転がり、見慣れた天井にぼんやりと視線を向けながら、紅芭はそんなことばかりを考えている。考え出してから一体どれだけの月日が過ぎたのか——赤く爛れた顔も、腕も、体も、元の姿に戻る気配がない。両親が必死になって探し出した名医と呼ばれる町医者も、紅芭の赤ら顔を見た途端、これはお手上げだと屋敷から逃げるように出て行った。
街一番の美人だと言われ、そんなことはないですよと、まんざらでもない顔で照れていた頃が懐かしい。
お前は自慢の娘だよと、満足気に頷いていた父の姿が懐かしい。
きっと幸せになるのですよと、美しく仕立て上がった花嫁衣装に触れながら、少し寂しそうに微笑んだ母の姿が懐かしい。
僕には君しかいない。大切にするよと、逞しい胸に引き寄せてくれた、祥太郎の姿が懐かしい。
どれもこれも、今となっては過去のこと。どれほど足掻いても、どれほど願っても、どれほど恨んでも、どれほど悔やんでも——なに一つとしてこの手に戻りはしはないのだ。
「祥太郎様は他の娘に目移りされたのだ。いつまでも未練たらしくこんなものを見つめるのはやめないか。みっともない」
昨日の昼間。紅芭の父は、見るも無惨に切り裂かれ、所々に血が滲んでいる花嫁衣装を乱暴に掴み、どこかへ持って行った。
途端に紅芭の部屋は寒々とした空気が流れ、祥太郎が他の女と祝言を上げることが、誤魔化しようのない現実なのだと理解した。
「気に病むことはないよ。君がどんな姿形になろうとも、僕には君しかいないんだ。今は体を休めることだけを考えて。僕はそばにいる。心配はいらないよ」
あれはいつのことなのか。顔やら腕やら身体やらを、包帯でぐるりと巻かれ、度々襲いくる激しい痛みに、全身を震わせている紅芭に向かい、祥太郎は穏やかに言葉を紡いだ。
あぁ、愛されるとはこういうことだ。そんなことを考えていた。
こんなにも醜い姿に変わってしまった自分を、祥太郎は変わらず愛すると誓ってくれた。そのことが嬉しくもあり、心苦しくもあり、紅芭の心は波のように揺れていた。
けれど、あの日以降、祥太郎は紅芭の元へは来なかった。
祥太郎が美しい娘と恋に落ち、今ではその娘にすっかり熱を上げている。どうやら近いうちに祝言を上げるらしい。そりゃそうだ、男だったら化け物みたいな娘より、美しい娘と褥を共にしたいもんだ。
そんな噂話が襖越しに聞こえた時も、紅芭は部屋の中でたった一人、赤ら顔を隠す布を握りしめていた。
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