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莉と散々遊び、食事を馳走になり、風呂まで頂いた頃には、すっかり夜も更けていた。
「こんなに夜遅くまで起きていたのは、生まれてこの方、初めてのような気がするよ」
雅久と縁側に並んで座り、神々しい月を見上げる。こんな時間も、たまには良い。
「千杜世様は朝が早いですから、こうして夜を愉しむこととは縁遠い生活ですよね。どうですか、一杯?」
雅久が差し出した盃には、並々と酒が注がれている。惹かれないでもないが、呑むのも躊躇われる。
「私はお茶でいいよ」
「千杜世様は真面目ですね」
雅久は盃を傾け一気に喉へと流し込んでいく。酒の味を覚えたその横顔を見ていると、なんとも可笑しいような、寂しいような、不思議な気持ちになった。
「もう少し」
「ん?」
「もう少し、この屋敷にいようと思います」
「そうか」
「璦百様は気丈に振る舞っていますが、時折、激しく心が揺れる時があります」
「疵音のことでは辛く、苦しい決断をさせてしまった……。今は支える者が必要だね」
「私がそうなれるとは思えませんが……。璦百様を見ていると、母上を思い出すのです。私に何ができるのか、できることなどあるのか、彼のいなくなった穴を埋める術などあるのか……正直分かりません。
けれど、どうしても、ここを離れ難いのです。母上と過ごすことのできなかった空白の時間を、璦百様とならば埋めることができる。そうすれば、何かが変わる。そんな気がしてしまうのです。私自身の問題なので、璦百様からすれば迷惑な話ですね……」
「そんなことはないさ。私は、今回のことで雅久がこの屋敷にいてくれて良かったと思っているし、それは、璦百も同じだと思う。雅久がいなければ、また違った結末になっていただろうね。
これもまた、巡り合わせだよ。璦百のことは雅久に任せるよ。ここには紅芭も洸四郎も莉もいる。皆で、璦百を支えてあげてほしい。私はそばにいてあげられないからね、無力なんだ、本当に。皆が頼りだよ」
しっかりと噛み締めるように頷いた雅久の背後に、盆を持った璦百が立っている。
「何のお話です?」
「え?いや、それは、そうですよ。今夜は月が綺麗ですね、そんな話ですよ。ねぇ、千杜世様?」
余計なことは言うなと言わんばかりの雅久の目力に、思わず吹き出しそうになる。余計なこと、とは、一体どの部分なのか見当がつかない。
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