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わけあり男女
作業は簡単だ。
機械にセットするだけ。後は機械が何らかの部品の一部に削る。
そして、俺は機械から削られた部品を取り出し新たな部品をセットする。その繰り返しである。工場での仕事を何故選んでしまったのだろう。毎日毎日同じ作業の繰り返し。何の楽しみも刺激もない。俺はこの工場でこうして終えるのか。
「一条?一条猛?」
俺を呼ぶ声がする。
「はい」
俺は呼んでる上司に答える。
「今日は終わってくれていいぞ」
上司が言った。
時計を見ると夕方5時を過ぎていた。
工場には俺と何人かしか残っていなかった。
教えてくれてもいいと思うのだが。
「お疲れ様です」
俺は上司に頭を下げて機械の掃除に取りかかる。
会社を出ると6時になっていた。
スマホには由季恵からLINEがきていた。
いつものホテルのいつもの部屋で待ってる。
俺はため息をつく。
ずるずると由季恵と身体だけの関係のまま続けていたが、そろそろ考えないといけない。
車に乗り込みエンジンをかけると俺は車を走らせた。
ホテルの一室のベッドに裸の男女が横になって寄り添っている。
由季恵と俺だ。
「お願いがあるの」
由季恵は言った。嫌な予感がする。
「もうやめよう···本名で堂々と生きていきたい」
俺は言った。
「猛?今更。あれから10年以上経ってるのよ」
「遅くない。」
「愁、遅いよ!···ごめん、猛だった」
愁と呼ばれていたのは小学生の頃までだった。偽名で裏の業界の手助けで住民登録も一条猛になっている。今は。
なんでこんなことになったのか···。
思い出したくもない。
太陽のしたを堂々と生きていきたい。
今の望みだ。
アパートに帰ると部屋の前に男が立っていた。夜中だというのに誰だと怪しむ。
「よぉ、愁。あ、今は一条猛か」
権藤義夫。記憶の奥にしまいこんだ、幼い小学生の頃、助けてくれた、唯一当時を知る嫌な男。暴力的で蛇のような目。様々な女から金を巻き上げる詐欺師。
「そんな顔すんなよ、仲良くしようぜ」
ニヤニヤと権藤は言った。
俺は権藤を部屋に入れる。
「なんの用です?」
用もなく来る筈がない。
権藤はニヤニヤしながら昔ばなしをはじめる。
「あの後、お前を紹介して俺は消えた。他の女のところで金をもらって暮らしてたんだ。ところが最近になって警察が俺を見張ってる事がわかった、まぁ、あの事件の刑事だったよ」
俺を睨みつける。
「あの女は大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「お前、あの女とやってるのは知ってる。あの事件を知ってるのは俺とあの女とお前だ。誰が裏切るかわからないよな」
権藤は相変わらずニヤニヤしながら俺を睨む。
「由季恵も俺もただの会社員だ」
「今は···だろ」
権藤が災いを持ってきたと感じる。この金に執着する権藤義夫という男は危険だ。
「何をさせたい?」
「俺と商売しようや、騙して金を取る、大金だ。こんなアパートじゃない一軒家に住めるようになる」
「断る」
「早いな。よく考えて答えていいんだぞ。よく考えてな、俺はお前の事をあの刑事に話さなくていいように、よく考えろ」
権藤義夫はそう言うと立ち上がって去っていった。
この時俺は37歳だった。
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