第一話 傷心旅行と新米魔術師 1

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第一話 傷心旅行と新米魔術師 1

 ふわふわであたたかなものとしか言いようのないものに包まれて、訳もなく幸せだった。ずっとこのままで過ごしたいと願った時、耳元の騒がしさで体に感覚が戻ってしまった。 「あと十分……」  久澄揺恵(くすみゆえ)は夢を終わらせた存在を恨みがましくにらみつけて顔をそむけた。そしてとろんと目を閉じる。幸福感の続きが始まった矢先だった。 「あっ……やぁん……」  甘ったるい声を漏らしてしまった。  耳殻から耳たぶにかけて、やたら肌触りの良いものでなでられた。ぞくぞくとした身もだえが止まらなくて力が抜けていく。それでも幸福感が壊されないように抵抗する。敵から逃れようと顔を動かすが、鼻先、首筋、頬、瞼と、弱くて敏感な部分が集中攻撃を受けてしまう。喘ぎと共にせりあがる快感と悦楽は、朝の目覚めにはふさわしくない。 「わかったわかった、起きるから……。起きるから、もふもふしないで……」  体を起こすと、床の寝床で眠っていたはずのヤンが、弱い部分を集中攻撃するのに使ったと思われる大きなしっぽをふりふりしていた。  体長に比べて長くて太いしっぽは見るからに手触りが良さそうで栗鼠(りす)のそれによく似ている。ちんまりした体も柔らかそうな毛で覆われているが、縞模様もない真っ白な体毛は、森の中だったらさぞ目立つだろう。  ぼんやりしていると足の裏をくすぐってきた。お返しにしっぽを握ってやろうかと手を伸ばしたがするりと逃げられてしまう。素早さではかなわないが、ヤンが逃げた先はドアが閉まっていた。 「捕まえた」  柔らかな毛並みで覆われた体を無造作に掴み上げてドアを開く。カーテンを開いて朝日を招き入れると一人暮らしには広すぎるリビングが現れた。 「二人だって広すぎるのにね」  家を準備した母親に苦笑する。二人で使うために準備したテーブルは部屋の広さに合っていない。キッチンも三人は並んで料理できそうな広さだし、四つの部屋と地下室まで備えている。移り住んで一ヶ月以上経って慣れてきたが、初めは広くて音が響きすぎる家の中でやたらと孤独を感じたものだ。今まで母子二人で住んできた1DKのアパートに比べたら、この家は豪華すぎる。
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