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フラスコの中で作られた液体に壊れた道具を浸けているといつの間にか修繕が終わっている。小学生の頃は自分の家で使うためだと思っていたが、仕事とお金の関係性がわかってきた中学生の頃、フラスコとビーカーを使う作業は仕事なのだと理解した。
そんな母の背中を追いかけたいと思うのに時間はかからなかった。決して儲かる仕事ではないからと言って賛成はしなかったが、家にあった魔術関係の書物を読むことは止めなかった。魔術師としての菜莉子を手伝うようになると、彼女の秘めた思いも打ち明けられるようになった。
「いつか横浜に行きたいねえ」
揺恵は北海道稚内市の出身だが、両親も同じだった。離婚後も市内で仕事とアパートを探した菜莉子は、いずれ横浜で魔術師として活動するという夢を抱いていた。
最初、揺恵は青森県の横浜だと思っていた。決して近くはないが同じ雪国である。実際ははるかに遠い神奈川県の横浜だったが、住まいを確保しながら菜莉子はたどり着く前に病死してしまった。
受験直前のアクシデントではあったが、離婚後市内で暮らしていた父親が後処理をしてくれて、進路が決まるまでという期限付きで居候を許してくれた。おかげで受験勉強に専念できた揺恵は大学に合格し、晴れて横浜で新生活を始めることができた。
菜莉子は魔術師として活動し、自分は学生として勉強に励む。そんな生活を夢見て合格した大学は戸塚区にあって、バス通学が最も便利だった。バス停までの道は距離が長い急な坂で、道の脇を見遣ると栗鼠が走り回っているのを見た。
住み始めて一ヶ月が経っても、いまだに異国情緒あふれる港町のイメージから脱却できない揺恵は、自分が横浜市民だと信じられなくなることがある。
バスで大学へ行き、二限目と三限目、四限目の講義を終えて家路につく。まだ日が長くなっていく時期のはずだが、人家が周囲にないせいか、自然に囲まれた家の周りは妙に暗い。絶え間なく聞こえてくる水音が、夜になるとうそ寒さに変わる。
郵便受けを開くと手紙が一通入っていた。その差出人の名に頬がほころび、飛び上がりそうになるのをこらえて快哉を挙げた。
「やった。来たよ、ヤン」
ショルダーバッグのポケットに入っていたヤンにもその差出人の名前を見せる。その名は式見夏生。根岸の住所から送られた封筒の隅には、式見家の家紋であるツユクサが描かれていた。
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