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紀行
アーサーさんはちゃらんぽらんで、やる気がない。
今日も上着を羽織って出ていく。
「どこ行くんです」
「ちょっとそこまでね」
そう言っていつも何処かに遊びに行く。今日は行きつけの喫茶カルメンだろうな。
僕がアーサーさんと出会ったのは東の国で、僕はある男を追っていた。
彼はチェスの駒「ルーク」と呼ばれている。
仮面に隠されし顔、黒いマントを翻し、颯爽と現れる紳士。彼は問題を解決すると霧のように消える。
社会や人間の裏世界に立つ影に目を凝らし、牛耳る奴である。
今宵もダンスパーティーが始まる。
きっと今回もきな臭い匂いにつられて彼は来るだろう。
石畳を歩いてダンスパーティーの会場に向かう。
しかし、問題があった。パーティーの招待券を持っていないのだ。
何処かに寂しそうな一人がいないか目を凝らす。
どこも着飾った婦人ばかりで野郎は野郎でも綺麗な背広の男だ。
似合わないな、少し落ち込んで噴水の横のベンチに座った。
ふと横を見ると浮かない顔の男性が座っていた。
「どうも」
「貴方も招待客ですか」
「ええ」
彼はかなりの美しい顔なんだけれど、影がある。
僕の生まれ育った町には彼みたいなのは居なかった。
見とれていると彼は息を吐いた。
「それにしては金がなさそうだけれども」
この人は初対面なのにづけづけと思ったことを言うな。
僕が意図を確認しようと首を傾げると彼は笑った。
「ここは上流階級しか参加できないものですから」
「そうですか。それは失礼しました」
馬鹿にするとは失礼な奴だ。
彼は身なりこそ綺麗にしているが、とても階級が高いとは思えない。
「失礼ですが、貴方はどのようなお仕事をされているんでしょうか」
大抵は有名ブランドの御曹司か女王のお気に入りだろうな。下町でもこういう奴がいる。
「まぁ会社経営ってとこかな」
「へぇ」
後で知ったことだが、確かに探偵事務所を経営していたが彼は招待客ではなかった。
アーサーさんはつてを使って手に入れていたらしい。
女王のお気に入りの紅茶屋の友人がいて、奥さんが身籠って参加できなくなり譲ってもらったらしい。
「どうしても参加したいのですが、招待券が手に入らなくて困っていたんです。余っていませんか」
「このパーティーは有名な人が数々参加する。君も追っかけかなんかなのか。
うーん、余ってなくもないが見ず知らずの君と入場するのは」
チケットにはペアチケットと書いてあり、席は隣だろう。
「美しい女性を探していたところなんだ」
「こうしましょう。僕と友人ってことにして。ディナーは僕の奢りでどうです」
「うーん、ただでさえ宿泊費でかさむもんだから奢りは有り難いが」
「美味しいお店知ってますよ」
「なるほど。そこにケーキはあるか」
「ええ、ありますけど」
この頃は男性が好き好んでスイーツを食べるという風習が無かったのもあり実に変な人だと思ったことを覚えている。
「まぁいい。行こう」
彼に連れられ会場に入った。
「ええとお連れの」
「友人だよ」
入り口で好きな仮面を選ばされた。
彼の後をついて僕は席に着いた。
「一般向けの解放席も争奪戦だった様だね」
「ええ、そうですね。僕も一般の席が取れなかったもんですから。この舞台は何てったって」
一瞬にして暗転した。
「プリンセスのミーナの登場です。今宵はマスカレードナイト。皆様仮面を着用下さい」
僕は手に持っていた仮面を着けた。
舞台上には美しい少女が現れた。
スポットライトが照らす。
彼女はお辞儀をしてマイクを手に取った。
「ミーナ・トワイライトです」
歓声が沸き上がり会場の電灯がともる。
ドレスアップした淑女がフロアに群がっている。
「まぁ、立派になられて」
「こんにちは、おば様」
僕はテーブルに乗ってあるステーキを頬張った。
「彼女はどうやら生まれてからずっと表舞台に出てこなかったらしいですよ。僕は彼女を追ってる訳じゃないけれど、これは何かある匂いがする」
「ふうん」
彼は興味がなさそうに遠くを見ていた。
ルークはこの間、ここの隣街に出たらしい。
僕は次はここに違いないと確信を持っていた。
それから二時間も暇な時間が続いた。
「私、ミーナ・トワイライトは王女として国を守り、民衆がこの先も幸せに暮らせるように精進していきます」
少女が母親と思われる女性に話しかけていた。
「私もミーナ姫みたいに賢くて優しいプリンセスになりたいわ」
スピーチが暫くして終わると皆でダンスを踊ったり、マジシャンやサーカス団を呼んでいた。
ミーナは手を叩いて喜んでいた。
隣のアーサーさんはというと遠くを見つめていた。
「つまらないね。帰るよ」
彼はナプキンに何かを走り書きし僕に握らせた。
「ちょっと」
ナプキンを広げると連絡先が書いてあった。
call me back later.と添えてある。
なんだよそれ。この頃から雰囲気をぶち壊しにきていた。
僕もそろそろ飽きてきて帰ろうかと思っていたが、田舎にはない華やかさに惹かれもう少しここにいようと留まった。
暫くしてワインを飲みすぎて、尿意をもよおした。
お手洗いに行こうと廊下に出ると黒いマントが奥に消えた。ちらりと頭によぎる。
これは彼に会えるチャンスかもしれないと後を着けていた。
人が一人もいなくなり、薄暗い廊下が繋がっていた。
息を殺していると右の部屋から声がした。
鍵穴から中を覗くと豪華なソファに腰かけたおじさんがいた。
おじさんの前に黒いマントが立っていた。
「誰だ」
「名乗るほどのものでもない」
「貴様何の用だ。関係者以外は入室禁止だぞ」
「お父様怖いわ」
男は国王モーテルの様だ。
隣のソファには少女がいた。自らの目を疑った。
少女がミーナと瓜二つだったのだ。双子なのだろうか。
「マリネ、大丈夫だ」
ピクリとモーテルが反応した。
「何故名前を知っている」
マントの男は肩を揺らして笑っていた。
「それくらい常識でしょう。世間には公開されていなかったでしたか」
彼は足を組んで窓際の椅子にかけた。
「ミーナは五歳の頃に亡くなってるはずだ。
死んだ人を生き返らせている」
さっきとは打ってかわって冷たい瞳だった。
「ははは、馬鹿げている。じゃあ彼女はリビングデッドというのか」
少女が困惑した表情で顔を上げた。
「十年ほど前から奴隷の売り買いをしていたそうですね。奴隷の一部はメイドとして雇っている様ですが。」
「それがどうした。一般的にあることだろう」
モーテルが睨み付ける。
「貴方は奴隷の一番優秀で美人なものをプリンセスに仕立て上げた。もし彼女に何かあればマリネを使えばいい。影武者、かりそめの後継者」
「な、何を勝手なこと」
顔面が蒼白になっていく。
「同じ毛色のメイド達。ミーナを意識してだろう。
彼女らの足首や手首には枷の痕があった。それに背中にはムチの傷。明らかでしょう。執事だけは代々仕えるのでしょうが」
「推理小説の読みすぎだ。貴様もしかして、巷で噂のルークか」
仮面の奥の目が笑った。
「ええ、そう呼ばれているそうですね」
煌びやかな電話の受話器を取ると何処かに電話をかけた。
「侵入者だ。すぐに捕らえろ」
「あちゃー、電話線切っとけば良かったな」
彼は机の上のさくらんぼをつまんだ。
「血の繋がりを強く意識する国民達。
王家の血筋というだけで優遇される街。
フェイクだと知ればどうするか。玉座から引きずり下ろされるかもしれない」
彼は不敵な笑みを浮かべさくらんぼを口に放り込む。
「さらに、圧力をかけて港の漁業者ではなく大洋水産と契約し、回り回って利益が自分の懐に入るようにしている。国民はどんな反応をするでしょう」
「まってくれ。何がほしい、金か女か」
あの国王がしどろもどろになっている。
「ばらされたくなければ、大洋水産ではなく港町の水産業者から仕入れるように。あとで潜入して必ず確認する」
苦悶の表情で机に拳を叩きつけた。
「くそ、わかった。くれぐれも内密に頼んだよ」
僕の背後から多くの足音が近づいてきた。
壁にぴったりと張り付いて花瓶の陰に隠れた。
城の警備隊がゾロゾロと部屋に入っていった。
僕はこっそり出口から会場に戻った。
彼は上手く逃げられただろうか。
庭に出てみると警備隊がうろうろしていた。
「どうしたんです」
「あぁ、どうも。いえ何も。パーティーは楽しんで頂いていますか」
「勿論。やけに警備隊がこの辺りを歩いているもんですから気になって。強盗ですか」
「いやいや、そこまで物騒ではないんですが」
「うーん、不審者?」
「ええまぁ、そんなとこですね。窓から逃げたみたいで見つからなくて」
「なるほど。気を付けないと。この辺りに電話はありますか?」
「ええあちらの奥にございます」
僕はお礼を言って壁掛けの電話のダイヤルを回した。
「もしもし、トーマスですけど。どこにいるんです」
「噴水の前にいる」
「そこで待っていてください」
噴水につくと、前のベンチで昼寝をしている人がいた。綺麗な格好に長い睫毛をまじまじ見てしまう。
「アーサーさんお待たせしました。お店に行きましょう」
彼は薄く目を開くと、なんだ君かと一言いった。
徒歩で近くのお店に入るとアーサーさんはアメリカンとショートケーキを頼み席に着いた。
僕はガレットが人気だと聞いていたからガレットを頼んだ。
「アーサーさんがいなくなってから、色々とありました。ここだけの話、ルークに会ったんです」
「へぇ、そのルークって何者なんだ」
彼はショートケーキを口に運んだ。
「僕はルークを探しに来たんです。
彼の記事を書こうと思って。彼は仮面舞踏会の日だけ現れるっていうジンクスなんですよ。
それでですね、隣街に出たらしいので、今日は必ず現れると見越してここに来たんです。
案の定、ルークは現れました。
僕も前に漁師から大洋水産っていう会社が進出してきて、全く売れなくなって廃業だと相談を受けていました。彼は見事に解決してしまったんです」
興奮し過ぎて声が大きくなってしまった。
アーサーさんは軽く顔をしかめた。
「落ち着いてくれ」
「すみません。それと彼はやっぱり僕の予想通り、プリンセスの謎についても解き明かしました」
出来る限りの小さな声で言う。
「プリンセスはフェイクだったんですよ。
ただ、奴隷からの皇族なのでこれはばらさない方がいいと思って」
「彼女が幸せならフェイクでもなんでもいいのだけれど」
「でもそのルークって奴の正体は結局分からず仕舞いで」
「なんだ。そんなことか。ただの噂じゃないか。
それより君はこの先のプランがあるのかね」
そんなことと言われトーマスは少し不服だったが、空を仰いだ。
「ブラブラして田舎に戻ろうと思ってます。仕事も辞めてしまったしここに居る理由もないし」
彼は珈琲をすすると黙ってケーキを口に運んだ。
「暇を持て余しているのなら、良かったら私の事務所で働かないか。君を歓迎しよう。丁度事務員も何もいないもんだから」
僕は驚きのあまり彼の顔を見た。
「いままでどうしていたんだ」
「愛想を尽かされたのさ。皆、先月でやめた。君ならどう」
「どうって」
楽しそうではある。なんだかワクワクする。
「そんなに見るんじゃない。穴が空くだろう。
報酬の心配をしているのか、金ならいくらでもある」
「は?そういうわけではないんですが。今日会ったばかりなのに雇ってもらえるなんて」
「私はスイーツを所望する。君のセンスを気に入った。これから私の秘書として見回りの世話をし、事務仕事をする」
「いいでしょう」
しかし、後に後悔する。
こんなに我が儘放題のアーサーの助手は大変だった。そして腹も立つ。
「ただいま。トーマスくん。頼んでいた経理はできたのか」
喫茶でコーヒー飲んでいた癖にどの口が言っているんだ。これは僕しか務まらないな。
「そういえばアーサーさん。僕と出会ったときのことを覚えてます?」
「んや」
彼はコートを壁にかけて席に着いた。
「あの時ルークを追っていて、アーサーさんは見たことあるんですか」
「あるよ。食事もとったし」
驚きのあまりティーカップを落としかけた。
「知り合いならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
頬を膨らませるとアーサーは笑った。
「君に言う必要がない。それに彼が会いたがっていないだろう」
「会わせて下さい」
彼は窓の外を見ていた。
「また気が向いたら。それより隣国の王子が暗殺された件で依頼がきていたな」
アーサーさんは話をそらしている。
「どこで知り合ったんですか。ルークは小柄でしたが声からして男性ですよね?彼の好きなものは」
「ルークとは幼なじみでね。彼は男性だ。好きなものは、ルークの話はもういいだろう」
ふと目線を動かすとアーサーさんの胸ポケットに入っているハンカチーフが彼の胸ポケットに入っていたものに似ている。
僕の視線に気づき彼は渋々答えた。
「彼からプレゼントしてもらったんだよ」
僕はあることに気が付いた。息が止まるかとおもったけれど、名推理かもしれない。
笑みが溢れてニヤニヤしてしまう。初めてアーサーの弱味を握った。まさにマスカレードナイト。
人はみな仮面をつけている。
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