赤いシルエット

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赤いシルエット

賑わう町の一角に事務所を構えている。これは彼と彼の助手の話。 依頼に関しては彼の前では迷宮入りなどあり得ない。完璧に問題なく解決するのだが、この男少々厄介で言わなくていい真実まで言ってしまう。 「アーサーさん依頼ですよ」 くるりと椅子を回したアーサーはアイマスクをつけている。 「今日は外にでないと決めている」 「お仕事なんですから。そんなことばっかりやってたら廃業になりますよ」 トーマスが依頼書をアーサーの机に置いた。 「大丈夫だ。明日には宝くじが当たるか、大きな依頼が来る気がしている。」 「また、そんな根拠のない自信が何処にあるんですか」 彼は机にチーズケーキを置いた。そして、徐に口に運ぶ。 「これは、三番街のチーズケーキ。私の分もあるんだろうね?」 アイマスクを外してトーマスを見る。 この青年トーマス・オードリーはアーサーに対して頭が上がらないが、いつもこの調子でアーサーのお守り役もしている。 「ええ、依頼を受けるのなら食べてもいいですよ。三番街まで乗り継いでかなり遠かったんですから」 実際は依頼主が三番街の近くに住んでいて、依頼書の作成に向かったついでだったのだけれど。交通費は経費で落ちるということは、トーマスは言わなかった。 アーサーは渋々依頼書を手に取る。 「わかった。ええと、なんだ」 依頼書には、三番街に住んでいる女性からという依頼だった。 この時点でアーサーは彼の交通費については合点がいっていた。 「三番街の少し中に入ったら谷があり、そこには村があります。そこに悪戯に来ていた狼が死にました。狼の知り合いによると、不可解な死に方だったらしく事故で捜査は打ちきりになったそうですが、納得できません。」 依頼書を無造作に机に置いた。 「私の出る幕じゃない。どうせただの痴話喧嘩か、事故で終わる。」 「そんなこと言わず受けましょう。他に依頼はないことですし、謝礼は弾みますと一番下に書いてあります。」 アーサーは中々頭を縦にふらない。 「チーズケーキ食べられなくなりますよ」 アーサーは思い出したように悔しい顔をした。 トーマスはこの依頼はこんなことになるだろうと見越しての準備だったのだ。 「わかった。」 胸を撫で下ろした。ここで断るとなるとお詫び文をしたため、信用も落ちる。依頼を受けない探偵事務所が何処にある。 「早速、11時から行くぞ。」 「はい。」 トーマスは車を準備に向かった。 アーサーは車窓から外を眺めた。 「しかし、ったくなんでこんな辺鄙なとこに」 「分かってたことじゃないですか」 石で車道はデコボコしていて、ガタガタと揺れる。 丘の上にある小さな家にたどり着いた。 呼び鈴を鳴らすと、中年の綺麗な女性が出てきた。 「ようこそいらっしゃいました。」 彼は早々大きな溜め息をついた。肘で脇腹を突っつき嗜める。 「失礼ですよ」 彼はこういうとこがあり大変嫌われている。女性は上品に笑った。 「さぁ中へどうぞ。遠かったでしょ」 「ええ、本当に。腰が痛い」 トーマスは軽く睨み付けた。彼は分かっているというように手を振った。 「さて、早速ですがこの間この村外れにある家で起こったことをお話頂けますか。」 女性は紅茶を運んできて、ティーカップを目の前に並べた。 「はい。私の母がその家に住んでおりました。」 すると、横から赤いずきんがやってきた。 私が近づくとずきんを被った少女は顔を上げた。 あまりに可憐でこんな山奥に美少女が存在していたのかと驚いた。 目元は涙で濡れている。 「この子が目撃者です。名前を」 少女はペコリとお辞儀をしてマリア・ルーカスと名乗った。 「マリアか。私はアーサー・マグリット。よろしく。 関係者全員を集めて下さい」 「ええ」 隣の部屋からゾロゾロと関係者が集まってきた。 若い男と年配の女性、狼が集まった。 「俺はターナー。猟師をやっています。」 トーマスは手帳に書き留めた。 「おばあさん、無事で良かったわ」 マリアは泣きながら駆け寄り抱きついた。 テーブルを囲んでアーサーは話を始めた。 「当日の経緯を教えてくれますか。まずはミスマリア。」 「私はお母さんのお使いで毎週水曜日にお婆さん家にいくんです。 その日もいつもと同様に出掛けました」 トーマスは必死にメモを取った。 「うーん、いつもと違ったことはなかったかい。些細なことでも何でも」 彼女は少し考え込んだ。 「強いて言えば、狼が話しかけてきたことかしら。いつも遠くから見て話しかけてこないのに、その日はお花を摘んでいると」 アーサーは明らかに顔をしかめ首を傾げた。 トーマスはその様子に気がつき、肘でつつく。 アーサーはふとトーマスに顔をやると彼は囁いた。 「愚問ですよ。お花を摘むは貴方の思っている比喩ではなく実際の行動です。」 彼は頷いた。 「そうだろうと思った。」 マリアは怪訝に二人を見た。 「続けていいですか?」 二人はにこやかに頷いた。 「何を話したのです」 「本当に些細で他愛もないことです。今日は天気がいいとか、そうね彼は隣の町の話をしてたわ。綺麗でいいところだって」 「ふぅん、狼のマルロとは知り合いですか」 「いえ、あまり会ったことはないのだけれど。あの日はたまたま」 「なるほど。確かに、些細で参考にならなかった。」 彼女は一瞬顔をしかめた。 良く言えば純粋なのだろうが、思ったことを言ってしまうのは良くない。 「それで、そのままお婆さん家に行ったということだね。」 「そう。」 お婆さんは痛々しい包帯を巻いていた。 「私は家について、ワインとかを取り出した。お婆さんの好きなパイも持っていった。するとお婆さんの様子が変だったんです」 「具体的にどう変だったんだ」 「お婆さんの布団の膨らみが大きく、足先が出てて長い爪が見えたんです。部屋の匂いもどこか獣を感じさせるような。 だけどその時はただの勘違いだとおもったわ。」 アーサーは帽子を被り直すとマリアに姿勢を向けた。 「なぜそこで変だと思わなかったのですか」 「お婆さんはいつも布団にいるからあまり歩いているのを、見たことがなかったの。」 「なるほどね」 アーサーは目を閉じた。 トーマスはアーサーがいつ何を言い出すか分からなくて冷やひやしている。 「何かわかりました?」 マリアは綺麗な瞳をアーサーに向けた。 「参考(強調)にはなりましたよ。ただ」 意味深な言葉の先を皆待っていた。 「お婆さんは元気じゃないか。多少胃液で皮膚が溶けたとはいえ、元々は元気そうだし」 ニヤリと彼は笑った。 「どういうこと。お婆さんは元々体が弱くて、転んで骨折してからずっと体調が悪いのよ」 トーマス達もアーサーの顔を見る。 アーサーは紅茶を口に運ぶと、味わうように目を閉じた。 「それでは、猟師に腹を開かれて死んだ狼のマルロですが、二人を取り出した後、手術にあるようにお腹を縫ってあげれば、或いは病院に連れていけば助かったのではないでしょうか。弁論を聞きましょう、ミスマリア」 アーサーの瞳はどこか冷たい。マリアの顔が青ざめ思い出したように震えだした。 「だって、怖かったの。私が食べられたところにターナーが駆けつけてくれて助かったの。それにこれって正当防衛よね。」 「詳しく猟師のターナーに聞いてみましょう。」 ターナーは好青年という感じで、穏やかに語りだした。 「俺は狼が人間を食べたと思ったんだよ。」 「よくあるのですか」 「ええ、特にこの狼は。マルロって言うんだが、いつも兎に意地悪をしたり、隣町を襲ったり。悪賢いやつで」 「なるほど、ありがとうございます。人間と動物が一緒に生活するわけであるから、食べられたという話はよく聞きます。しかし、その場合は大体起訴を起こして、裁判で損害賠償請求をしています。被害者が死亡した場合は、死刑も求刑できます。 その方が被害者にとって…変な言い方ですが、都合がよく有利だからです。」 皆黙り込んだ。 「そこまでする必要はあったのでしょうか。過剰防衛では?その結果、狼のマルロは死んでしまったのだから。マルロにも家族がいます」 「ちょっとアーサーさん」 トーマスが止めに入る。ターナー達はマルロを庇うことを批難するように見る。 「それで、ミスマリア。貴女は布団にいるのをお婆さんだと思ったと言っていましたね?」 「ええ、確かに」 アーサーは考え込む。 「だけど、おかしいですね。その時の貴女の服には狼の毛が沢山ついていました。」 「それは、食べられたからです。」 「お婆さんの服には体液しかついていません。貴女は、おばあさんが食べられるのを見てましたね?それも計画の内で」 揃ってマリアをみた。 「そんな、言いがかりだわ。」 「失礼。しかし、貴女の言動に不可解な点があったもので。」 マリアは首を傾げた。 「マルロの腹の中からパイとワインが出てきたのですよ。バスケットで貴女が持ってきたものを。」 「それは」 二人を食べた後に食べたのではないかとトーマスが目でうったえている。 「不自然ではないですよね。だって、マルロは食べ物を狙っていたんでしょう」 「重要なことを話していませんでした。食べ物は食べた順に胃の底にありますよね。貴女はお婆さんが食べられた後にパイとワインを飲み干すのを悠長に見ていた。」 彼女はうなだれた。綺麗な髪が流れる。 「私は確かに食べられているのを黙って見てた。それでも酷いわ。なんてこと言うの。」 彼女はしゃがみこみしくしくと泣き出した。ターナーがアーサーの前に立った。 「アーサーそれはなんでも酷い。怖くて動けなかったんだよ。 これじゃ誘導尋問じゃないか」 「やだなぁ、泣かせるつもりはなかったのだけれど」 そう言うとヘラヘラと笑った。慌ててトーマスは聞く。 「アーサーさん真実がわかってのことですね?」 「どうだろうね」 彼は中々手の内を見せないスタイル。遺族に対してもその態度をとる。 「どうしてマルロのことばかり庇うんです。被害者側の意見も聞くべきです。」 ターナーがそう言うとトーマスは困惑した。 「実を言いますと、依頼は狼の遺族から事故の詳細を聴取して報告するようにとのことなんです。大変申し上げにくいのですが、事件の線を疑ってまして。疑惑を晴らすためにも協力頂けますでしょうか。」 皆は驚きを隠せない様子だ。 「てっきり弁護士や警察からの依頼かと。それに、こちらの状況を知る目的は疑惑を晴らすためとは。」 ターナーは罰が悪そうだ。 「そろそろチェックメイトと行こう。」 声が低く響き、座り直して足を組んだ。トーマスは息を飲んだ。 彼のショータイムの幕開けだ。 「さて、トーマス君。何故服に毛がついていて、パイとワインを飲み干すのを見ていたんだろうね」 トーマスは頭を捻る。 「もしかして、その前に会っていたのではないですか。それに触れないと毛は付かない。横に座っただけでは考えにくい。例えば、服の着替えを手伝ったり。」 「その通り」 「つまりマルロと共謀していたということですね」 彼は頷いた。急激に空気が冷え込んだ。 「マリアがマルロをそそのかしたんだ。そうだね? 毎週水曜日に通っているおばあさんの家に時間をずらして行くので、食べてくれたら気づいた私が通報し、その間に狼は逃げてくれと。アリバイの為に、すぐに狼は家に帰ると。大方失踪届で終わらせるつもりだったんだろう」 時計の音が響く。 「マリアは狼がそこにいることを知っていた。ここにはもう一つの大きな嘘がある。もう一つの嘘は、お婆さんはマリア達家族には歩けることを秘密にしている。完全に治っているのに」 視線が集まり、お婆さんが顔を上げた。 「お婆さんの家には薬も松葉杖もなかった。ずっと不調なら病院で薬をもらっているのでは。この部屋までは階段がかなりあったのに息が切れていなかった。」 各々の仮面が剥がれていく。トーマスはゆっくり尋ねた。 「ずっと隠していたのは、面倒をみてもらうためでしょうか。」 お婆さんはコクりと頷いた。 「しかし、それは重要ではない。彼女の計画はもっと綿密だ。狼にしている説明は計画とは異なる。」 「更に何があるって言うんです。」 不適な笑みを浮かべた。 「トーマス君考えてみたまえ。猟師のターナーは近くで狩りをしていた。マリアとターナーは知り合いだった。」 トーマスが二人の顔を見比べた。 「計画が達成できたら叫び、駆けつけた猟師に撃ち殺させる。そこまでも計画の内だったとは。つまり二人の殺害計画だった。」 「いつまでしらばっくれているんだ?ん?」 綺麗な顔が憎たらしく見える。 「そうよ、私が食べられるのは想定外。私は通報するだけだったのに。 私が手を下さなくて良かったわ。もし、計画通り進まなければ私の手で終わらせるつもりだった。」 「その青酸カリで」 マリアがアーサーを睨み付ける。 「そんなに見つめられると照れるな。私が美しすぎるせいかな」 ターナーが呟く。 「まさか。俺を」 「利用していたなんて?だって、ターナーは私のこと好きなんだから絶対に助けに来ると思ったの。」 「マリアどうしてこんなことを」 「おばあさんが嫌いだったのよ。お母さんはいつも家にいてお見舞いに行かないじゃない。いいわよね。家にいればいいんだから。 私は行く度におばあさんに嫌みを言われて、片付けを代わりにさせられて。食べ物も料理もしてあげたのに。ついには捨て子のくせにって言ったのよ。死んでしまえば良かったんだわ」 狼がおばあさんを食べるように仕向け尊い死を綿密な計画を立てて行った。狂気の沙汰だ。猟師までもが巻き込まれたが、彼女の思惑通りに動いていた。 マリアは声を上げて笑った。 「厄介者の狼が死んで皆も清々したでしょう。マルロにはかつて街を襲われた因縁があって。あんなやつ消えて当然だわ」 アーサーは余裕の笑みを浮かべた。 「ドン引き。お見事。答え合わせはなかなか厳しかったね。 というわけで、調査報告をするので私はここで。トーマス君帰るよ」 トーマスは呆気にとられながらもアーサーの後をついていった。 「よくやった。」 釈然としない気持ちを抱えていた。 「美しい薔薇には棘があるんだよ」 いつもの真顔に戻ると欠伸をした。 「帰って寝よう」 「調査書を書くのでは?」 「煩いな君は。本当に。」 オフのときのアーサーはやる気がない。
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