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尊くんの卒業式
普段めったに着ることのないカッターシャツに袖を通してネクタイをしめ、上着を羽織る。中瀬透は一枚の写真を手に取り、目を細めて穏やかな笑みを浮かべる。
――お父さんとお母さんと一緒に、尊の門出を祝ってやろうな。
そう心の中でつぶやき、透は写真をそっと内ポケットに入れた。
何となく落ち着かない気分でリビングのソファに座っていると、妻のひろみが二階から降りてきた。妻の方も準備が整ったようだ。黒のワンピースにライトグレーのジャケット、そして真珠のネックレス。
「きれいだよ」
そう言うと妻は頬を赤らめた。
調子のよさそうな妻の様子を見て、透はほっとする。長男の実が亡くなってから心身のバランスを崩して寝込むことが多かった妻だが、今日は大丈夫なようだ。もっとも妻がこの日に合わせて懸命に調子を整えようと努力していたことを、透は密かに知っている。
妻が手帳から写真を抜き取り、セレモニーバッグに入れている。やはり夫婦そろって考えることは同じようだ。
透は上着の胸元を示した。
「僕も、写真入れたよ」
「やっぱり」
「そろそろ行こうか」
妻と連れ立って家を出る。行き先は次男の尊の小学校。
今日は尊の卒業式だ。
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