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午前2時頃、スマートフォンの着信が暗闇の中を泳いだ。
もしかしたら自分のかもしれないと、尾澤達郎が目を開ける。
「もしもし?」
電話に出たのは、隣で寝ていた筈の皆川沙世理。沙世理は少し声を潜め、薄いカーディガンを羽織ながら部屋を出ていく。
意識がはっきりとしてきた達郎は沙世理がとったスマートフォンから聞こえてくる低い声の主に、疑問を持ちながら沙世理の姿を追っていた。
付き合って3ヶ月、同棲してから2ヶ月と少し。2人交際は順調だと達郎は思っている。
『あなたかっこいいわね。モテるんじゃない?』
出会った日、最初に声をかけてきたのは沙世理からだった。
達郎はたまたま入ったBARでマティーニに口を付けていた。グラスも空になり、そろそろ帰宅をしようかと思っていた所に、少しウェーブの入った黒髪ショートカットの女性が隣に座った。そして達郎と同じマティーニをバーテンダーに頼み終えると、白くて長い腕をカウンターへ置いた。
『光栄だな。こんな素敵な女性にそういってもらえて。だけど残念だ。全然モテない』
『へぇ。そんな風には見えないわ』
達郎はその時の沙世理の口元を少しだけあげて笑った顔がとてもセクシーだったことを覚えている。
「ごめんなさい。起こした?」
ドアが閉まった音と共に、沙世理の声が聞こえた。達郎は、何事も無かったように達郎の横へ潜り込む沙世理を見ながら「あぁ」と返事をする。
「本当にごめんなさい。今抱えている仕事の件でどうしても」
達郎の胸の奥がザワついた。沙世理はある商社で働く女性であり、営業部長でもある。海外との取引もあるらしいので、確かにこの時間に電話が鳴るのかもしれない。だけれど、ほんの少しの不安が達郎を今襲っている。
本当に仕事の要件だったのだろうか。
「トラブルでも?」
「えぇ。ただの報告よ。問題ないわ」
はっきりと問題ないと告げた沙世理がキスを求めてきた。達郎は先程襲われたほんの少しの胸のザワつきを押さえるよう、沙世理のキスに応じる。
二、三回軽いキスを交わした後徐々に深くなっていき、その深いキスと同じように達郎の不安も溶けて行った。
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