虚空

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―おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません― 無機質な音声案内が達郎の耳から離れない。 あの真夜中に電話があった次の日、LINEで〔仕事で忙しいから会えない〕と連絡があったきり、沙世理から全く音沙汰がない。もう四日目だ。気にしないでいようと、平静を装おうとするが心は素直らしく、達郎はスマートフォンをいつの間にか操作してしまっている。 沙世理を信頼していないわけじゃない。ただ、あの日の後だからこそ余計に不安になる。そんな言い訳を自分自身に言い聞かせながら、安い赤ワインをグラスに注ぐ。 あの後、沙世理を激しく抱いた。沙世理の全てを欲するよう強く。 『…っ…もっ…と…』 沙世理もまた達郎を強く求めた。何かに縋るように。その思いを受け止めるように達郎も強く沙世理を求めた。 熱を帯びた沙世理の体を抱きしめ、何度も何度も奥を突く。自分の腕の中で余裕を無くしてよがる姿が堪らずに、欲望そのままをぶつけたあの夜のことを思い出しながら、赤ワインへと口を付ける。 「………そんなわけ…」 ワインが喉を通り過ぎたと同時に、もしかしたら今この瞬間、沙世理は他の男と一緒に居るのではないかと達郎は不安に襲われた。 もう夜も深くなる。 もしも、あの電話の主と一緒だとしたら。 そんなもしもをこの四日間ずっと考えている。 沙世理の白い肌が、他の男の手によって赤く上気させられ、あの艶っぽい声色で相手の名を呼び、男を求めているのだろうか。 耐えられない。これは怒りなのか、単なる嫉妬なのか。 深い口づけの途中で漏らすあの声や、恍惚とした濡れた瞳を自分が見知らぬ男へ向けているのだろうか。 「ただいま。…って、何よこの部屋」 達郎は待ち望んでいた声がいきなり飛び込んできたことに驚き、ただただ声の主を目で追った。 「どうしたの。こんなに汚くする人じゃないでしょ」 あちらこちらに放ってある、衣服やワインの空き瓶や食器を慣れた手つきで片していく人物と、自分が求めていた人物がやっと一致した達郎。手に持っていたワイングラスを、テーブルに置きゆっくりと近づく。 「沙世理…」 精一杯の声を振り絞り、達郎は沙世理を後ろから抱きしめ首元にキスを落とす。 「ちょっ……と……待って……」 あの夜のこと、さっきまでしていたもしもの不安を埋めるように、何度も首元や首筋にキスをし沙世理の存在を確かめる。達郎の行為を辞めさせようと、沙世理も片していた手を止め制したが達郎の強引さに負け、身体を向き合わせ達郎のキスを受け入れる。 何度目かの深いキスの後、もう一度沙世理の首筋にキスを落とした。その時、達郎はある異変に気付いた。 ちょうど正面から見えにくく、髪で隠れる首筋のつけ根部分にそれはあった。沙世理はそれに気づいていないらしく、隠すわけでもなく達郎の胸へと敏感になった身体を預ける。 嫉妬と欲情が入り交じり、達郎の行為は激しさを増す。自分の知らない沙世理が存在している。 暗い部屋のリビングで革のソファーで乱れる沙世理を欲しながら、達郎はこんなにも愛しているのに、なぜ。と縋る気持ちを抑えきれずに沙世理にぶつけていた。
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