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「今日、どうしたの?あなたおかしいわ…」
激しい情事が終わった後、服を身につけながらため息混じりに沙世理が達郎に訊ねる。
「……他の男の所に行ってたんだろ?」
見つめていた天井から、目を隠すように右手で顔を覆って達郎が沙世理に言葉を突き付ける。
「そんなはずないじゃない。どうかしてるわ」
語尾を強めて否定する沙世理に達郎は違和感を覚えずにはいられなかった。
「どうかしているのはそっちの方だろ?!」
だらしなく革のソファーに横たわっていた体を勢いよく起こして、達郎は声を荒らげた。沙世理は顔を歪め、右耳を指で塞ぎ「大きい声出さないで」と不愉快な感情を露にしている。
「この間の電話だって、男なんだろ?!聞こえてんだよ!」
勢いに乗ったまま立ち上がり、沙世理に詰め寄る。沙世理は更に顔を歪め、首を横に振る。
「もう少し落ち着いて話して」
「なんで電話繋がらねぇんだよ!仕事でも電話くらい出られるだろ!?」
沙世理は目を合わさずに否定を続ける。その態度に、達郎はさらに激昂し、沙世理の両肩を掴む。
「ねぇ、ちょっ…と、痛い」
「なんでだよ!ちゃんと言えよ!」
「ねぇ痛い!離して!仕事だって言ってるじゃない!あなただって忙しい時、連絡なんて一切寄越さないじゃない!同じことをしたまでよ!」
沙世理の言葉が達郎の頭の中を真っ白にさせると同時に両肩を掴んでいた手の力を緩めさせた。
「それなのに、自分がされたからって……。私も寂しかったわよ。けれど、あなたが忙しいのは分かっていたから何も言わなかったでしょ?……ねぇ、私の気持ち考えた事ある?」
達郎は何も言えずに、ただ力なく沙世理から離れる。
確かに納品や締切など、こちらの仕事が忙しい時の連絡は疎かにしてはいた。だけどそれが理由なのだろうか。ソファーに座り直し、沙世理に背を向けた。しばらくしたら、その気配が消え玄関の開く音と閉まる音が聞こえてきた。
沙世理は出ていったらしい。
沙世理はどこに帰るのだろうか。
沙世理は誰の元に帰るのだろうか。
そんなことを考えていたら、どうしてよいかわからない感情が湧き上がり、目の前のテーブルを蹴飛ばした。その反動で飲みかけたワイングラスが、入っていた赤ワインと共に床に散っていく。達郎はただただ、その光景をみつめることしか出来なかった。
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