聖地と、女王と4人の夫~A Tribute to (※)Isabelle Ⅰ~

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 聖地を巡る戦乱の続く中、国を率いる者には、軍才のあるカリスマが相応(ふさわ)しい。  姉と、その娘たちが相次(あいつ)いで亡くなり、私に王位が巡ってきた時、1人目の夫はもはや「王位に相応しい」とは見なされなくなっていた。    2人目の夫は、国の重要な港湾都市を、少人数で守りきった“英雄”だった。  私より26も年上の彼には、その時、既に妻があった。私も勿論、1人目の夫と婚姻を結んでいた。  だが周囲は、彼と私、それぞれが既に結んでいた婚姻を“無効”としてでも、この結婚を成立させ、2人目の夫を王位に()けようとしたのだ。    私には、とても承諾(しょうだく)できない話だった。  結婚の無効とは、この結婚に実体が無かったと、教会の裁判で宣言させられることだ。  この結婚が(いつわ)りだったと、神の前で認めさせられるということだ。  どうしてそんなことが許せるだろう。  この結婚が真実の愛で結ばれたものだと、私たち自身が誰よりも深く知っているのに……。    私は夫と引き離されまいと、異教徒との戦に参加する彼の陣営に、自らも身を置いた。  彼の天幕のすぐそばに、自らも天幕を張り、片時も離れないようにした――つもりだった。    けれど、女の細腕で、手段を選ばなくなった男たちに(あらが)いきれるはずもない。  一部の“過激派”の手により、私は半ば拉致(らち)されるように、夫から引き離された。    母も義父も、私の味方ではなかった。  個人の感情よりも、国のことを考えろと(さと)された。  女王になど、なりたくてなったわけではないのに……。    突きつけられる王国の命運と、時に(おど)しも(まじ)えて行われる説得……。  私は、ついにそれに屈した。  心を偽り、彼との愛の日々を否定した。    自分の口でそれを宣言した時、私の中で何かが壊れた気がした。  あんなにも愛していた夫の顔を、見ることができなかった。  これは、決して私の本心からの言葉ではない。それでも、彼に対する裏切りには違いない……。    私にできた唯一の抵抗は、この婚姻の無効により、彼にこれ以上の不利益が(およ)ばないようにすることだった。  私と婚約することで減らされてしまった彼の領地……その後、王位の移ろいの中で、元の領地と現在の領地を交換されたりもしたけれど、本来受け継ぐはずだった領地が減らされてしまったことには変わりない――それが、もうこれ以上、減らされたり奪われたりすることのないよう、私は周囲に懇願(こんがん)した。    私はもう、彼の人生に寄り()うことはできない。  けれど、せめてこの後の彼の道行きが、少しでも安らかなものであるように……それだけを、願っていた。      2人目の夫は、戦の上では“英雄”だったかも知れない。  だが、野心的で荒々しく、情に欠けているところがあった。    彼を英雄たらしめた港湾都市の戦いで、敵方は彼の父親を人質とし、開城を迫ったと言う。  しかし彼はその要求を拒絶し、あろうことか、父目がけて自ら矢を射った。  幸いにも矢は父親から外れ、その隣にいた護衛兵の胸を射抜いた。  彼は「わざと外したのだ」と言ったらしいが、真偽のほどは定かではない。    1人目の夫とはまるで違うそんな夫を、私は内心、恐れていた。  けれど、今さら(こば)むことなど許されるはずもない。    何故(なぜ)私は、愛する夫と別れ、愛してもいない、恐れてすらいる男の腕に、(おの)が身を(ゆだ)ねなければならないのか……。  心を偽り、肉体を(あざむ)き、真の意味で神をも裏切る結婚だと思っていた。    なのに、1人目の夫との間にはできなかった子どもが、2人目の夫との間には宿ったのだ。  運命とは、何と皮肉なものなのだろう。  そして、さらに皮肉なことに、2人目の夫はその子の顔を見ることもなく、暗殺者の凶刃に(たお)れた。  結婚からわずか2年後のことだった。    2人目の夫を殺したのは、“大麻を吸う暗殺教団(ハサッシン)”と呼ばれる、異教の暗殺集団だった。  金銭で暗殺を()()い、麻薬(ハッシシ)により恐怖心を麻痺(まひ)させることにより、死をも恐れず……むしろ、実行犯の死により依頼人の秘密を守る、恐ろしい暗殺者たちだ。    夫のその死については、当初、様々な憶測(おくそく)が飛び()った。  王国内部の対立勢力、敵方の異教徒、あるいは味方であるはずの十字軍の英雄王の依頼……中には私の1人目の夫が糸を引いているのではないかと言うものまであった。  だが後に、他ならぬ暗殺教団の首領が声明を発した。  彼の死は、彼自身の業によるもの。  彼は暗殺教団のキャラバンを(おそ)い、皆殺しにした上、荷を奪い去ったことへの“復讐(ふくしゅう)”なのだと……。    何れにせよ、私はまた夫を失った。  けれど、戦の最中(さなか)の王国で、女王が寡婦(かふ)でいることは許されない。  姉は亡くなったが、姉の夫は今も生きていて、(すき)あらばと王位を狙っている。  顔だけの無能な男と評される彼が王となる隙を与えることを、周囲の者たちが許さない。    こうして私は、2人目の夫の死の8日後に、3人目の夫と婚姻を結んだ。  (はら)に、初めての子を宿したまま……。  その3人目の夫が、私を1人目の夫から引き離した“過激派”の一員であったというのも、大いなる運命の皮肉と言う他ない。  
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