聖地と、女王と4人の夫~A Tribute to (※)Isabelle Ⅰ~

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 3人目の夫は、母は他国の王女、叔父(おじ)は十字軍の英雄王という、2つの強国と血の(つな)がりを持つ若者だった。  ()しくも私と同じ名を持つ婚約者がいたが、権力をめぐる争いの中で、別の叔父に奪われてしまったと言う。  英雄王に心酔し、異教徒との戦いにも参戦してきた彼は、義父にも認められる実力者だった。    王国のための、やむを得ない政略結婚……そのはずだった。  再び結ばれることは叶わなかったが、1人目の夫はまだ生きている。  その彼への想いは、私の中でまだ消えずに残っていた。  けれど……3人目の夫は、そんな彼と同じ年齢だった。そして、騎士らしい立派な肉体を持ちながらも、2人目の夫のように荒々しくはなく、高貴な血ゆえか、礼儀(れいぎ)正しく洗練されていた。    1人目の夫と、似ているようで、似ていない。面影を重ねていたつもりはない。  けれど、気づけば私は3人目の彼に()かれていた。    3人目の彼は、とても優しく愛しげに、私の名を呼んでくれた。  もしかしたら彼は私に、結ばれなかったかつての婚約者を重ねていたのかも知れない。    だが、始まりがどうであれ、私と彼との間に(はぐく)まれたものは、確かに真の愛情だった。  私は1人目の夫に後ろめたさを感じながらも、3人目の彼に心寄せていった。  愛しきかつての夫の、記憶の中にしか無いぬくもりよりも、今すぐそばで抱きしめてくれる(うで)のあたたかさに、(おぼ)れていった。    周囲も認める夫との、愛ある結婚生活。  この日々が続けば、どんなに良かっただろう。    しかし、その暮らしは、たった5年しか続かなかった。  ある日、彼は窓から転落し、呆気(あっけ)なくこの世を去ってしまった。    一見すれば、不慮(ふりょ)の事故。  しかし、不審(ふしん)な点が数多く、自己に見せかけた暗殺と(ささや)かれた。    私は彼の亡骸(なきがら)に取り(すが)り、泣いた。  冷たくなったその身体(からだ)に、いつまでもいつまでもキスを浴びせ続けた。    一度愛を失い、二度と男を愛することなどできないと思っていた私に(おとず)れた、奇跡のような恋。  もう二度と手放したくなかった。今度こそ、幸せになれたと思っていた。  なのに、それは呆気なく、手のひらから(こぼ)れ落ちた。    私は愛しい夫から引き離され、その遺体(からだ)は私の手の届かない、暗い土の下に葬られた。  それでも私は国のため、幼い子どもたちのため、そして私自身のために、また新しい夫と婚姻を結ばなければならなかった。    4人目の夫は、姉婿(あねむこ)の実兄で、27歳離れた男だった。  顔だけと評され、王位に就くことを誰からも望まれていなかった姉婿は、十字軍の英雄王により、ひとつの島を与えられていた。  姉婿の死後、地中海に浮かぶこの島を受け継いだのが、4人目の夫だった。    彼は先妻との間に6人の子があり、私もこの時、3人の娘を抱えていた。  20代半ばにして、9人の子の母。しかも上の方の子に至っては、夫よりも私に歳が近い。  それだけでも大変なことだと言うのに、4人目の夫との間には、さらにまた子が生まれた。    出産は命()けの難事(なんじ)。  そしてこの時代、赤子や幼子はふとしたことで簡単に命を落としてしまう。その成長から目を離すことはできない。  毎日が目まぐるしく、愛や恋など考えている(ひま)も無いほどだった。    このまま、日々に追われ、愛も(なげ)きも悲しみも、全てが遠く、ぼんやりしたものに変わっていくのではないか……そんな風に思っていた。  愛や恋からは遠ざかっても、家族に囲まれた(さわ)がしくにぎやかな日々が、この先ずっと続いていくのではないか……そんな気がしていた。  けれど、その日々の果てに待ち受けていたのは、あまりにも呆気ない、私自身の終わりだった。    4人目の夫との結婚から8年後のある日、それはやって来た。    初めに夫が、急な不調に倒れ伏した。  魚にあたったのではないかと言われたが、真実は分からない。  次に私が。そして子どもたちも、次々と倒れていった。    病の床で、夫が先に()ったことを知らされた。  私もそう遠くないうちに、後を追うことになるだろう。  人の命は(はかな)い。病や怪我(けが)、運命の悪戯(いたずら)で、容易(たやす)く失われてしまう――これまでに大切な人を幾人(いくにん)も見送ってきた私は、それを痛いほど知っていた。  だが、それでも……自分自身にもそれが及ぶとは、その時にならなければ、なかなか実感できないものだ。    肉体(からだ)から少しずつ、少しずつ、命が失われていくのが、自分でも分かる。  苦しい息の中、子どもたちはどうしているだろう、と思う。  せめて、あの子たちだけは生き(なが)らえて欲しい。  特に、私が産んだ5人の娘たち……。    できることなら、私のように、時代に、男に、運命に翻弄(ほんろう)されず、幸せに生きて欲しい。  ……けれど、それが叶わないであろうことも分かっている。    現在の世の中は、女(ひと)りでも生きていけるようには出来ていない。  その領土、財産、生活を守るためには、どうしても夫という存在が必要だ。こんな戦乱の世であれば、尚更(なおさら)に……。  しかし、その相手さえ、女が自らの意思で自由に選ぶことなど、ほとんどできない。    自分で選んだ相手ではないのに、その後の運命は夫次第(しだい)。  女は、自分の運命(・・)を自分で()けることさえ許されていない。  ただ、自分ならぬ誰かの手に操られ、(もてあそ)ばれるばかり。  そうして子を(はら)めば、否応(いやおう)なく己の()さえ賭けさせられる。  ……そんな世の中に、まだ幼い娘たちを(のこ)して逝かなければならないなんて……。    だんだんと、意識が薄れていく。  世界の輪郭(りんかく)曖昧(あいまい)にぼやけて、見えなくなっていく。  ……これが死というものなのだろうか。    結局私はこの人生で、何を得られたのだろう。  女王とは名ばかり。大切なものすら守れず、喪ってばかりの人生だったような気がする。    王国が聖地を奪われていなかったら……戦がこんなにも長引かなければ……そもそもこの時代が、こんなにも戦乱にまみれていなかったら……もう少しは幸せに生きられただろうか。  女に生まれていなかったら、大切なものをこの手で守れただろうか。  考えてみても、分からない。知ったところで、もうどうにもならない。    私はこれから何処(どこ)へ行くのだろう。  教会の教える神の国が、本当にこの先に()るのだろうか。    そこへ行けば、喪ってしまった人たちにも会えるだろうか。  今はもう、皆この世を去ってしまった、私の4人の夫たち……。    死の先にあるその何処かで、私を待っているのは誰だろう。  私はあの4人の中で、誰に逢いたいと望むのだろう。  結局、この人生の中で、私が一番に愛したのは………………
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