聖地と、女王と4人の夫~A Tribute to (※)Isabelle Ⅰ~

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 王侯貴族にとって結婚とは、契約書のようなもの。  国と国、あるいは領土と領土の結びつきの“目に見える証”。  才や力は有っても“血”を持たぬ者を、王位や爵位に()けるための、分かりやすく手っ取り早い“形式の構築”。  大切なのは利益の有無や条件だけで、本人同士の相性も愛情の有無も、(はな)から問題にされることはない。  そしてその結婚自体、運任せの儚いもので、時代の変化や周囲の思惑により、呆気(あっけ)なく破棄(はき)されたりもする。    私の母もまた、それに振り回された一人だ。  北の帝国の皇族に生まれた母は、13の年に、既にこの国の王となっていた父と結婚させられた。  縁談が持ち上がった時、父には既に妻子があったが、教会に訴えてその結婚を“無効”とした上で、母を妃に(めと)ったのだ。    母は18の年に私を産んだ。  だが父は、私がまだ物心つくかつかないかのうちにこの世を去った。    腹違いの兄が後を継いだが、兄は母を、王国騎士の一人と再婚させた。  13で即位した兄には、頼りになる有能な臣下が必要だった。  そして私の義父となったその騎士は、王国の二大派閥(はばつ)(ひき)いる実力者で、後に敵国にさえ名を(とどろ)かすほどの傑物(けつぶつ)だったのだ。    だが、母は幸せな方だったかも知れない。  義父は母とは10以上歳が離れていたが、私の母を唯一の妻として、深く愛してくれた。  義父と母との間には4人の子――私にとっては父親違いの弟妹が生まれたし、義父は母のことをとても大事にしていた。  母の住む聖都が異教徒に占拠された時には、亡命先から敵方の将に手紙を送り、妻子を救いに都へ入る許可を得るという、とんでもない離れ(わざ)までやってのけたほどだ。    義父は血の(つな)がらない私のことも、大切に慈しんでくれた。  だが、彼はあくまで父である前に、一人の王国騎士だった。  国のために女が愛の無い相手に嫁ぐことを、(いた)(かた)なしとするような人だった。  そして、王の血を引く私も、まだ初潮を迎えたかどうかという少女のうちに結婚させられた。    しかし、その初めての結婚は、波乱に満ちたものだった。  最初の夫は、亡くなった祖父から領地を受け継ぎ、母親の領地の継承権も持っていたが、私と婚約する際にそのいくつかを国に返上させられた。  兄王はまだ年若い上に、病で先が長くないと言われていた。  王位継承権を持つことになる私の夫が、強大な領地を有していると、地位が(おびや)かされると思われたのだ。    時代は異教徒との戦乱の最中(さなか)。  そして私の生まれた王国は、複数の宗教の“聖地”である都を抱えていた。  それぞれの教徒が、その地を手中に収めんと狙う、争いの火種の絶えぬ国……。  奪い奪われを繰り返すその聖都は、私が15の年に奪われた。  その地を取り戻すことが、王国の悲願だった。    私の夫もまた、20歳にもならぬうちから戦に出ていた。  だが、彼は雄々(おお)しいと言うよりは、柔和で物静かな青年で、戦に向いているとは言い(がた)かった。  結婚の直前にも戦で大敗し、はらはらさせられたものだった。    やっとのことで迎えた結婚式も、異教徒の襲撃を受けた。  彼の継父は、武には優れていたが、その暴虐(ぼうぎゃく)ぶりから“野良犬”“強盗騎士”などと呼ばれ、()み嫌われた男だった。  その恨みが義理の息子である彼にも(およ)び、結婚式の行われる城を狙われたのだ。  結局は兄王たちに救い出されたが、長きに渡る敵の包囲に、生きた心地がしなかった。    その後も戦は続き、夫はたびたび出陣していった。  その上、一度は敵に捕らわれてしまった。  捕虜の命は相手方の気持ちひとつ。  彼の母がいくつかの要塞と引き換えに人質交渉をしてくれたが、私は神に祈り続けることしかできなかった。  こうしている間にも、彼の命が奪われているかも知れない――そんな思いに日々怯え、不安に(さいな)まれ続けた。  彼が無事に帰ってきてくれた時の安堵(あんど)は、今でも(なお)、言葉にできない。    私と彼との結婚は、明らかな政略結婚だった。  私の父と彼の父は、それぞれ血の繋がらない継父(けいふ)だったが、それぞれ王国を二分する大きな派閥のトップだった。  国の抱える“問題”に対し、政略結婚で解決を(はか)るというのは、この時代にはよくあることだ。    だが、始まりが政略だったとしても、私と彼は真実の愛情を(はぐく)んでいた。  彼は何かと消極的で、頼り甲斐(がい)のあるタイプとは言えなかったが、誠実で優しかった。  激動の時代、恐ろしい目にも()ったし、彼を(うしな)うのではないかと不安に震えた日々もあった。  しかし、それらが逆に私たちの絆を強くしていた。    それなのに……その結婚は、私たちの意思とは関係無く、無理矢理白紙に戻された。    風向きが変わったのは、兄王の崩御と、後を継いだ甥の早世(そうせい)からだった。  次に王位を継ぐべき腹違いの姉は、周囲の反対を押し切り、大恋愛の末に結婚していた。  だが、その夫は「顔だけの男」と(もっぱ)らの評判だった。    周囲は「無能」な姉夫婦に代わり、私の夫を国王に(かつ)ぎ出そうと動き出したが……夫には、玉座に対する野心がまるで無かった。  即位を(いと)って逃げ回り、ついには姉夫婦に臣下として忠誠を誓ってしまった夫に、周囲もやがて(あきら)めた。  そして間の悪いことに、その頃、異教徒との戦いで、一人の新たな“英雄”が生まれていた。
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