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「伊丹、向こうで一人で大丈夫だったか」
「え?ああはい、大丈夫でしたよ。みんな愚痴大会みたいになってましたけど」
「...そうか」
伊丹は自分のことより人を優先しすぎるが故、相手のことを考えて遠慮しがちだ。
だからこそ人一倍気疲れもするし、距離も縮まりづらく、人と関わることに苦手意識もあるんだろう。
それでもいざこういう場所に来れば、それなりに上手くやるし、自分が一緒にいなくたって本当は問題ない。
ただその事実が、明智には少しだけ寂しく感じられた。
「...明智さん?」
「...あぁ、いや。なんでもねぇ」
「でも俺、やっぱり明智さんいてくれて良かったなって思います。じゃなきゃそもそもここにも来てなかっただろうし、なにより安心感が違いますね」
どことなく明智のセンチメンタルな内心を察したらしい伊丹は、そう言って笑ってくれる。
伊丹らしい気遣いではあるが、今まで築いてきた伊丹との信頼関係を思えばそれが本心から言っているだろうということもわかった。
「みんなお疲れー!ここいい?空いてるし座っちゃお」
そんなことを考えていれば、突如明るい声色で割り込んでくる者が現れる。
伊丹と明智が声の主の方へ視線を向ければ、そこにはにこりと人懐っこい笑みを浮かべる向井という同期がいた。
「明智、おひさ!元気だったー?あたし何度も連絡してんのに無視すんなよほんとさぁ」
「....向井。用もねぇのに連絡してくんなよ。今日何食べるのがいいかとかどうでもいい連絡ばっか寄越しやがって」
「えーだってあの時は冷やし中華かつけ麺かで本気で迷ってたんだもん」
突如始まる仲の良さそうな雰囲気の会話に、伊丹は内心驚きつつも、その様子を黙って見守る。
明智は一匹狼だのなんだの言われてはいるものの、やはり同期の中での信頼も厚く、自分と違って仲の良い人も結構いることは知っていた。
まあ仲が良いというよりかは、自然と周りに人が集まって一方的に頼られている、が正しいだろうか。
さすが明智さんだなと思うと同時に、しかしこの会話の仕方は結構仲良くないとできないよなと相手の顔を眺める。
...ああ、たしか新入社員研修の時に明智さんとグループが一緒だった人か。
その顔には見覚えがあって、二人は特別仲が良いんだなと察する。
その時、つきりと胸の奥が疼いた気がして、伊丹はその事実から目を逸らすかのように目の前のビールを喉に流し込んだ。
「...伊丹、大丈夫かよ。んな一気に飲むなって」
「大丈夫ですよ。すみません、俺グラス空いちゃったんで頼んできます。飯田さんもグラス空いてるしついでにいってきますよ」
そんな伊丹の様子に明智はすぐに気づき声を掛けるが、それもいつもの柔和な笑みで誤魔化される。
「え、ありがとう〜!私カシオレがいい!」
「カシオレですね、わかりました。向井さんも何飲みます?」
「んーどうしよっかなぁ...。あ、なんか適当な芋焼酎の水割りお願いできる?」
「わかりました」
みんなの注文を聞いた伊丹は腰を上げて、このままついでにトイレ行ってきちゃいますと言ってその場を離れていった。
「...」
「ちょっと明智、なにぼんやりしてんの。てかあんた随分雰囲気変わったね。前の四面楚歌、唯我独尊みたいな俺様オーラはどこいっちゃったの」
「あ?んなオーラ元々出してねぇよ」
「無自覚かよー。言っとくけどめっちゃ出てたかんなぁ。俺に近寄るな!みたいな、ブッ...はあ、おもしろ」
「...」
たしかに向井の言う通り、俺は変わったと思う。
それは紛れもなく伊丹のおかげで、こうも他人に興味を惹かれることがあるとは思っていなかったため自分でも困惑はしている。
そんな事実を第三者から指摘され、俺そんなに分かりやすいのかと気恥ずかしくなり無意識に視線を伏せた。
「うわ何照れてんのきもい!...でもまじで何があったん?明智がそんな腑抜けるとかよっぽどでしょ」
「あー私もそれ聞きたい〜!」
向井の突然のぶっ込みに、同調するように飯田やその周りの人間も加わり、明智はどうしたものかと頭を悩ませる。
「別になんもねぇって...」
「はい嘘ー。なになに、もしかして好きな人でもできちゃった?」
「...っ、は...ち、遅ぇし!んなわけねぇだろ!」
冗談のつもりで言った何気ない言葉に、あからさまに動揺し取り乱す明智を見て、向井と飯田は顔を見合わせた。
「...男子中学生じゃないんだからそんなテンパんなって。見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
「明智くんって意外と純粋なんだね〜。なんか甥っ子見てるみたいでかわいい〜」
「は、...」
全力で否定する明智に生暖かい反応を示す周囲に明智は、早く戻ってきてくれ伊丹...と想い人の姿を思い浮かべるほかなかった。
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