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「あー...なんだよもう..」
心を落ち着かせるためにテーブルを離れてみたものの、やはり先程の明智と向井のやりとりを思い出すとなんとも言えない気分になる。
手を洗いながら、ぼんやり自分と向き合ってみれば、やはりこの感情は”それ”でしかなくて、伊丹はひどく戸惑った。
「...嫉妬、か...。」
まさか自分が明智にこんなことを思うなんて。
しかも仲の良い同期と少し話してるのを聞いただけで、だ。
やはり俺は明智さんのことを───
今までたしかに好意はあったものの、自身の気持ちに確信が持てずこうして曖昧な関係を続けてきた。
それでも、日々明智と過ごしていく中で確実にその存在は大きくなっていて、今日それが確信に変わった。
「...俺は、明智さんが好きだ..」
その感情はもう目が背けられないほど強くなっていることを改めて自覚し、伊丹は明智の想いと向き合うことを心に決めた。
•••••••••
先程と比べすっきりとした気持ちでテーブルへと戻れば、そこにいた面子の視線が一気にこちらを向く。
それだけでなくその目には驚きと困惑のような感情が伺い見えて、何事かと伊丹は瞠目した。
「え.、っと..?」
「い、伊丹...悪りぃ」
「え?何がですか」
明智はバツが悪そうな顔をして突然謝ってくるので、何か謝られることがあっただろうかとその隣にひとまず腰を落ち着ける。
「そっかぁ...伊丹くんかぁ..」
それと同時に目の前の向井から納得するような声と生暖かい眼差しが向けられていることに気付き、ますます訳がわからなくなる。
「...えっと、...?」
自分が席を外していた間に一体何があったのだろうかと困惑した反応を示せば、先程明智と仲良さげに話していた向井はごめんごめんと軽めの謝罪を口にして笑った。
「...どこまで二人がいってんのか知らないけど、」
そして向井の妙に含みのある前置きに、伊丹はごくりと息を飲む。
その反応を一瞥してから、向井は言葉を続けた。
「....驚くほど不器用だけど、明智すごい良いやつだからさ。これからも仲良くしてあげてね、伊丹くん」
「え...」
その優しげな物言いに一瞬驚くが、きっと明智と話している中で向井が何か察したのだろうと深くは考えないようにして、言われた言葉を素直に受け入れる。
「...はい。俺明智さんのこと好きだし、これからも仲良くする気しかないです」
迷いのない目で明智を見据えて自分の気持ちを口にすれば、明智はわかりやすく狼狽えた。
それを見た向井は、面白いものでも見たかのようにけたけたと笑みをこぼす。
「...っ...、い、伊丹...」
「はは、伊丹くん見かけによらず肝座ってんねぇ〜」
「ああいや、そんな..」
「明智ただのムッツリ野郎かと思ってたけど、意外と見る目あんじゃん。良かったなー」
そう言って向井は思い切り明智の背中を叩くので、本当にこの二人は仲が良いんだなと微笑ましくなる。
こんな形で自分の気持ちを自覚するとは思わなかったが、そもそも自覚なんてものはもっと前からしていたのかもしれない。
ただ自分自身と向き合うのが怖かっただけだ。
それでも、たしかに存在する「明智さんに俺のことだけを見てほしい」という生意気な独占欲に後押しされる形となってしまった。
伊丹は確信を得た明智への想いを胸に、これからの未来に想いを馳せた。
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