ふたり

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「伊丹、帰んぞ」 「あれもうそんな時間か。わかりました、すぐ準備しますね」 定時を知らせれば、伊丹はばたばたと準備し始めた。 その向かいの席には、定時を過ぎてもいそいそと作業をしている前田がいる。 前田は伊丹に何か言いたげな顔をしていたが、明智は眼光鋭く、有無を言わせないように無言の圧をかけた。 もともとあんたの仕事だ、伊丹に頼らず自分でやれ。 内心そんな事を思いながら、お待たせしましたと駆け寄ってくる伊丹と共に帰路に着く。 「今日参っちゃいましたよ、顧客から追加で依頼来ちゃって。今の要員だと捌き切れないんでやれる分以外は断りましたけど」 「は、ちゃんと断れるようなってきたのか」 「まあ、俺ももうリーダーなので。俺が安請け合いすると苦労するのは配下の人達ですし、仕事はボランティアじゃないですからね」 だいぶ頼もしくなってきた伊丹を見て、明智も満足げに笑う。 それもこれも仕事の仕方について日々指南してきたお陰だろうか。 伊丹の評価はちゃんと上もしてくれていて、前にリーダーだった前田は他の現場に飛ばされるどころか部下だった者の下につかされるという地獄を味わっていた。 それでも仕事が楽になって良かったくらいにしか考えていない前田の様子に、明智はやれやれと呆れる。 「明智さん今日何作ります?俺お肉食べたいんですけど」 「したら生姜焼きでも作るか。ハンバーグも捨てがたいが、作るのだるいから週末な」 「いいですね。ほんと俺こんなに料理することになるとは思わなかったです」 「伊丹は前がしなさすぎだったんだよ」 「はは、たしかに。何も言い返せないです」 今や伊丹のトレードマークとも言える目の下の隈もだいぶ薄くなってきて、同棲して正解だったなと明智は一人思う。 告白の答えをもらってから2年ほど伊丹とは付き合い、それは今も継続中だ。 現在は二人で一緒に住むこともできていて、あの頃の妄想とは何だったのかと思えるレベルで現実にできていることが何より嬉しかった。 「はあ、今日も伊丹がくっそ愛おしいな」 「なんですかそれ」 「ただの感想だ。気にすんな」 「...照れるからやめてください」 ふざけながら話をして、二人で同じ駅で下車し改札を抜ける。 いつも通り近くのスーパーに立ち寄り、あれやこれやとカゴに詰めていくのもいつも通りの光景だ。 「...そういや、明日記念日だな」 「明智さんそういうのよく覚えてますよね。ほんと意外です」 マンションに着きドアを開けたところで、明智はそんな事を呟く。 伊丹は二人が映った写真立ての横に鍵を置いて、明智の方に視線を向けた。 「伊丹との事は付き合う前から何でもメモってるからな」 「...ほんとその闇メモの存在怖すぎるんですが。というか早く俺にも見せてくださいよ」 「嫌に決まってんだろ。引くレベルで色々書いてあんだぞ、ふざけんな」 「いやいや...もう今更いいじゃないですか。」 何度言っても見せてもらえない伊丹メモの存在が気になりつつ、伊丹はそのまま明智の腕を引いてリビングへと向かう。 「付き合って2年か...ほんと早いですね。明智さんももう30じゃないですか」 「伊丹は28か。可愛いな」 「もう可愛いの概念破綻してますってそれ」 お互いに軽口を叩き合って笑うのはいつものことだ。 この居心地の良さは昔から変わらないし、変わる気もしない。 明智は自身が持っていた買い物袋を床に置いてから、伊丹の腕を引いてゆっくりと布団へと導けば、伊丹は慌てたように明智の顔を窺った。 「え、何しようとしてます?」 「...キス」 「ご飯作んなきゃですよ」 「そんなの後でいいだろ」 それだけ言って伊丹と唇を重ねれば、伊丹が困ったように笑うのがわかる。 「伊丹、とりあえずこのままイチャつきてぇ...。どうしてもだ、」 「最近先取りが過ぎますよ明智さん。...ほんとしょうがないですね」 「よっしゃ..」 今では昔のやりとりもだいぶおざなりになってしまっていて、それでもこうしてお互いの大事な言葉になっている。 二人で笑い合う未来しか見えなくて、それをずっと守っていきたいと心の底から思う。 「伊丹、」 「何ですか?」 「...すっげぇ好きだ。」 「...俺も好きですよ、愛してます」 もうただの同期なんかじゃない。 あなたは俺の、世界で一番大好きで ───大切な人だ。
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