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出張を明日に控える中、伊丹は今日中にできることはキリよく終わらせてしまおうと久々に遅くまで残業をしていた。
時刻は22時半過ぎで、明日の準備はまだ何もしてない。
家に帰った後のことを考えると少し憂鬱になる。
「よし、...終わった」
ひとまず作業もひと段落し、そろそろ帰るかと腰を上げたところで、少し離れた席にまだ残っている人影を見つけた。
「明智さん」
「....っ、!!...い、伊丹...。なんだよ」
「はは、驚かせてすみません。まだ帰らないんですか?」
ほんの出来心で後ろからそっと近づき声を掛けてみれば、想像よりも驚かれて少し申し訳なくなる。
本人はこれで驚いていないと言い張るものだから、伊丹もそれ以上は何も言わないでいる。
「...ああ、もう俺も帰る」
「お、じゃあせっかくなんで一緒に帰りませんか」
「...っ、...しょうがねえな」
明智にはいつものようにぶっきらぼうに返されるが、それでも僅かに上がっている口角に、いつからこんなに明智さんの些細な表情の変化を読み取れるようになったんだろうかと伊丹は嬉しく思った。
荷物をまとめて腰を上げた明智とともにエレベーターへと乗り込み、特に何か話すわけでもなく駅へと向かう。
この空気感も最近ではもう慣れたもので、特に気まずさもない。
そして駅のホームで電車を待っていれば、明智は躊躇いがちに口を開いた。
「...ホテルだけど」
「え、ああはい」
「部屋変更できたから、明日仕事終わったら俺と一緒に来いよ」
「良かった...。ほんとにお手数お掛けしてすみません、ありがとうございます」
なんとか宿泊地は確保できた。それもこれもすべて明智のおかげだ。
伊丹が感謝と謝罪の意を込めて頭を下げれば、伊丹は何も悪くねぇだろ、とぼそりと呟かれる。
「俺明日、地味に楽しみなんですよね」
「...あ?」
「もともと押し付けられたやつだし、ただの出張だし、憂鬱だなって昨日まで思ってたんですけど...明智さんも一緒って聞いてかなりテンション上がりました」
別にこのことを明智に伝える必要はなかったが、それでも嬉しい気持ちを共有したくてそう口にすれば、明智からはいつものような揶揄う言葉が返ってくるわけでもなく、伊丹は不思議に思って明智の方を見やった。
「...っ、...」
しかしそこには何故か耳を赤くさせ俯いている明智の姿があって、そんな反応されるくらいなら言わない方が良かっただろうかと少し後悔した。
「すみません、遊びに行くわけじゃないんだからシャキッとしなきゃですよね」
「...あ、いや...」
明智は戸惑ったように何かを言おうとするが、その時ちょうど電車の扉が開くので、ひとまず二人で乗り込み腰を落ち着けた。
「...俺も、」
「え?」
「正直すげぇテンション上がった、」
「え?...え、えぇ...明智さんもそういうこと思うんですね。ポーカーフェイスすぎて全然わからなかったです」
「...俺だって人間だ。人のこと何だと思ってやがる」
自身の言葉に不服そうな表情を浮かべる明智だったが、どことなく雰囲気が柔らかい気もする。
そしてふと考えてみれば、以前より言動が素直になっている気もしなくはない。
「明智さん反抗期終わったんですか?」
「あ?...俺がいつ反抗期だったんだよ、ふざけんな」
「ああ、いつもの明智さんだ。すみません何でもないです」
こうやって軽口を叩き合えるくらいにはお互い気を許していて、本当に生きていると何があるかわからないなと伊丹はその些細な変化を嬉しく思った。
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