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「あ、たしかあの店名でしたよね」
「ああ。...やっぱ手羽先だよな」
「明智さん手羽先苦手ですか?」
「いや好きだ。...けど綺麗に食べられる自信はねぇな」
「はは、まあそれは俺もなので気にせずいきましょう。美味しく食べたもん勝ちです」
ホテルから少し歩けば古賀から聞いた店はすぐに見つかり、二人で暖簾をくぐる。
平日の夜だからか店内はそこまで混雑しておらず、これならゆっくりできそうだなと思いながら案内された席に腰を落ち着けた。
「とりあえず生でいいですか?」
「ああ」
店員に酒と適当なつまみを注文し、伊丹は目の前の明智に意識を向ける。
「今日結構順調に進んで良かったですね」
「そうだな。展開リハとはいえ、いつもなんだかんだ起こるし」
「とりあえず1日目お疲れ様でした」
「伊丹もな」
明智が労りの言葉を返してやれば伊丹はそう言って気怠げな目元を緩めるので、俺はその顔がすげぇ好きだと心の中だけで考える。
「お待たせしました!生2つ、...と手羽先とどて煮です!」
「ありがとうございます」
テーブルに運ばれて来たビールで乾杯し乾いた喉に流し込めば、やっと1日が終わったんだなという実感が湧いてくる。
ビールはいつも以上に美味しく感じた。
「はあ、とりあえず明日も何も起こらないといいな...」
「あんまフラグ立てんなよ。そういうこと言うと絶対なんか起こんぞ」
「やめてくださいよ、怖い怖い」
二人でまったりと話していれば時間はあっという間に過ぎ、食事の美味さと慣れない土地にいる非現実感も相俟っていつも以上に酒が進む。
「...俺ちょっとトイレ行ってきます」
「ああ、たぶんあの突き当たり左だ」
「はい」
伊丹は軽く返事をして立ち上がってみれば、ふらりとした感覚があり思いのほか自身が酔っていることに気付いた。
「...そろそろ酒やめとこうかな、」
「あ?大丈夫かよ。まあまだ明日に響くことはねぇだろ」
「んー...」
曖昧な返事を返す伊丹を心配しつつ、トイレへと席を立つその後ろ姿をぼんやりと明智は眺める。
少しすればすぐに伊丹は戻ってきて、明智を見つけて嬉しそうに顔を綻ばせるので思わずどきりと心臓が跳ねた。
「明智さん、明智さん」
「...っ、なんだよ」
「はは、楽しいです俺」
「...よかったな」
「ねえ、なんでだか分かります?」
立ち上がったことで先程よりも酒が回ったらしい伊丹は以前宅飲みした時のような人懐っこさを見せてきて、貴重な姿再びだなと明智は静かに喜んだ。
「わかんねぇよ。何で?」
「...ん、明智さんが一緒にいてくれるからですよ」
「...は、...」
伊丹の純粋な言葉と緩く弧を描く口元に、明智は一瞬言葉に詰まる。
そんな明智の様子を見て、伊丹は小さく名前を呼んだ。
「明智さん?」
「....俺試されてんのか...。」
「え、試してませんよ。おれがいつそんな試すようなことしたんですか」
「...今してんだろうが」
「してないけどなぁ...」
伊丹はその後もにこにこと機嫌よさそうに笑っていて、普段の気怠げな雰囲気などどこ吹く風といった感じだ。
しかしちゃんと自制はしているようで、しっかり烏龍茶を頼んで酒を入れないあたりに流石だなと感心する。
「明智さん」
「あ?どした」
「俺、明智さんと同期で良かったです」
「....そうかよ」
酔った伊丹はいつも以上に自身の名前を口にして、その度に普段は秘めているであろう素直な気持ちを吐露してくれる。
そんな姿が愛おしくて堪らなくなるが、明智は照れ臭さから大した返しをすることができず困惑していた。
「ねえ明智さん」
「...だからなんだよ」
「明智さんは?」
「あ?...なにが」
「俺と同期で良かったって、少しでも思ってくれてます?」
饒舌な伊丹はそんなことを尋ねてきて、明智はここでいつものようにぶっきらぼうに返しそうになるのをぐっと堪えた。
「....良かったと、思ってる...」
「はは、そっかあ...それなら良かったです。普通にうれしい」
「...俺、伊丹が思ってる以上にお前のこと好きだぞ」
「え、」
自身の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる伊丹に堪らず素直な気持ちを伝えてみれば、伊丹は酔っ払いながらも驚いているようで、はっとした顔のまま固まっている。
「...すげぇ好きだ」
そこに改めて言葉を続けてみれば、伊丹は照れたように顔を俯けた。
「なんかそんな真剣に言われるとドキドキしちゃいますから。ほんと明智さんって普段寡黙な分、そういう破壊力すごいです。自覚してください、怒りますよ」
「なんで怒んだよ」
「無自覚イケメンは時に凶器になりますから」
「はは、何だそれ。つーか無自覚は伊丹だろ」
伊丹は舌ったらずながらも一生懸命言葉を紡いで反論してくるので、明智も負けじと応戦する。
「...え、俺そんなことありましたっけ?...もしかして普段やらかしてます、?」
「は、まあそうなんじゃねぇの。俺限定でやらかしすぎだよお前は」
「明智さん限定で?」
「ああ。まあこの場合、俺が伊丹のこと好きすぎることの方が問題だけどな」
いつも以上にすらすらと素直な気持ちが吐けるのは、伊丹も自身も酔っているせいだろうか。
明智は妙にふわふわとしている伊丹を眺めながら、こんな時間がずっと続けばいいのになと口元に笑みを浮かべた。
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