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伊丹と入れ替わりで部屋にあるシャワーを浴びていれば、思考が冷静になってくる。
「....まじかよ、」
今になって自分のしでかした事の重大さを知り、結果的に最悪の結末を迎えなくて良かったと明智は心の底から安堵した。
先ほど触れた唇に手を当てがい、伊丹とキスをしたんだという実感が今更になって沸いてくる。
「伊丹、....ああくっそ、すげぇ、」
語彙力なんて言葉も浮かばないくらいに気分は高揚していて、伊丹の言葉が頭の中で反芻される。
───嫌じゃなかった。
それは、期待してしまってもいいという事だろうか。
この先伊丹がどんな結論を出して、どんな結末を迎えるのかはまだわからない。
それでもこうして大きく進展したこの関係に、明智は思い切りガッツポーズを決めた。
緊張の中バスルームを出て部屋へと戻れば、伊丹はテレビに向けていた視線をこちらに寄越す。
自分を見て目を細めて緩く笑い、これで二人ともさっぱりしましたねと声を掛けられるので小さく頷いた。
「まだ23時前ですけどそろそろ寝ますか?」
「...いや、もう少し話してたい」
「はは、じゃあお話ししましょう。恋バナでもしときます?」
「は、なんでだよ」
「なんとなく」
伊丹はきっと気を遣ってくれている。
ただの同期だと思っていた男からキスをされ告白をされ、しかも今は慣れない土地に出張中だ。
思い返せば思い返すほど、なんて伊丹に負担を掛けてしまっているんだと自戒し、明智は項垂れるようにベッドへと腰を落ち着けた。
「明智さん?」
そんな自身を心配して伊丹はその隣に座る。
覗きこむようにして呼ばれた名前にもうまく反応することができず、明智は静かに唇を噛んだ。
「...ほんと悪かった」
「え、なんですか」
「さっきの事、あんな形で伝えるつもりじゃなかった。...まあ今更何言っても遅ぇけど、」
「気にしなくていいですよ。俺ちゃんと受け止めてますし」
伊丹はそう言って笑ってくれるので、今日何度救われただろうかと視線を上げて伊丹の顔を見つめる。
「....でも、」
「あ?」
「俺の気持ちに確証持たせるためにも、これからもう少し明智さんに付き合ってもらう必要あるかもしれません」
「...それは、どういう、」
突然落ち着いた声色でそんなことを告げられ、明智は困惑する。
そんな明智の様子を察して、伊丹は慌てたように口を開いた。
「あ、いや...別にそんな大層なことは考えてないですよ?ただちょっと、」
伊丹はそれだけ言うと、ゆっくりとした動作で手を伸ばしてくる。
その手はベッドの上に放られていた明智の手に重ねられ、じんわりとした温かさが伝わってきた。
「い、...いた、み...?」
「そんなドギマギされると俺まで緊張しちゃうのでやめてください」
「...ドギマギなんてして、」
「してるでしょ」
いきなり大胆な行動に出る伊丹に驚きのあまり心臓が口から飛び出そうになるが、それもにこりとした笑みに掻き消され、伊丹は言葉を続ける。
「ちゃんと答え出すためには色々試さないとわからないじゃないですか」
「...そ、そりゃそうかもしんねぇけど、」
「はは、いつも余裕そうな明智さんが困惑してる」
「俺はいつだって伊丹に対しては余裕ねぇよ、」
「...なんでですかね」
伊丹の呟きは答えを求めるようなものではなくて、それにその答えは言わなくても分かっている。
───伊丹のことが、好きだからに決まってんだろ
明智はときめく心を必死に抑えつつ、重ねられた手にさりげなく指を絡めた。
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