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昇降口を飛びだして、左にいく。右は校門、左は遊具がある。目の前の運動場にはだれもいないから、高士は遊具にいると予想して走った。
「はあっ」と、気合をいれるような声が遊具のほうから、ひびいてきた。
視界にはいってきた高士は、遊具で遊んでいなかった。高士がいたのは、遊具とトリ小屋の間にある木。学校で一番太い木にとっしんして、両手でおしこんでいた。なんども。ひたすら幹を手のひらでたたく高士は顔をまっかにして、一点を見つめていた。そして、木をたたく一定のリズムはなんだかここちいい。
トリ小屋のニワトリがとつぜん高く長く鳴いた。
つんざく鳴き声が耳のおくに届いて、ボクははっとした。ボクは高士にみとれていた。木をたたくなんて、普通はやらないおかしなことをしているのに。
「なにをしているの」
話しかけてはいけない感じだったけど、話しかけなければ、このままみとれてしまいそうだ。
「なんだ。ついてきたのか」
高士は笑った。あせと白い歯が朝日に照らされている。おこられることを覚悟してかたくなっていたボクのほおは、ゆるんだ。
「けいこさ」
「けいこ?」
そろそろもどるか、と高士は手をはらいながら引き返しだした。
「オレは横綱を目指している。だから、遊んでる時間がもったいないんだ」
「よこづなって、おすもうさんのこと?」
「そう。オレは夢をつかむために努力する。いつでもけいこをするんだ」
前を向いてずんずん進む高士がおとなに見えた。
高士の速度に合わせて歩くと、あっというまに昇降口に戻ってきた。
「高士はすごいね。ボクはやりたいことはないし、頑張ってることもないよ」
「そうかな。さとるは竹やぶのねこを大事にしているだろ。ねこカフェやペットショップの店員やじゅういを目指したらどうだろう」
「あ。のらねこの世話しているの知っているの? 本当はダメなことだから、ないしょにしてっ」
あわてたボクの声が、ボクら以外だれもいない昇降口にわんわんと広がった。
夢がみつかったような気がしてうれしかったけど、秘密を知られていてボクはあせった。だって、のらねこの世話はやってはいけないことだから。のらねこが増えたらいけないから世話をあんいにしてはいけないって、先生は教えていた。
「オレはハブだからだれにも言えないな。それよりも他のやつらに見つかるなよ」
さらりとハブという言葉が流れるとともに、チャイムが鳴りわたった。うわばきをはいた高士は、ポンとかたをたたいて走りだす。
「ハブは、気にならないの?」
うわばきをつっかけ、高士に追いつく。
「クラスの立場なんて横綱になるには関係ない。オレは土俵で結果をだすだけだ!」
高士はこぶしをつきあげて、階段をかけのぼりだした。大きくたのもしい背中がボクの前をゆく。
近づく教室。もうハブへの不安はない。
ボクはねこがすき。ねこずきをきわめるのに、クラスの立場なんて関係ないんだ。
そうだ。今度あそびねこが来たときには、ねこじゃらしで遊ぼう。本物のねこを喜ばせるために。ボクのねこじゃらしさばきで楽しませるためにけいこをしよう。
6ー1の教室にはいる前、ニワトリがまた力強く鳴いた。音がちょっとはずれて、まぬけで、高士とボクは静かに笑った。
おしまい
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