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03.世にも奇妙な演奏会
高野を囲んで華音と美濃部青年が話していると、背後から楽屋のドアをノックする音がした。
よほど急いでいるのだろう、部屋の主からの返事を待たずに、ドアは開く。
姿を表したのは、つい先ほど話題に上がっていた、藤堂あかりという女性団員だった。
「あれ、あかりさん?」
部屋の主である高野よりも先に、美濃部青年が反応した。
藤堂あかりは才色兼備という言葉に相応しく、黒目がちの大きな瞳と、くせのない背中までの黒髪を持つ、知的で清楚な美貌の持ち主だ。
あかりは一通り部屋の中を見渡すと、急いたように喋り出す。
「美濃部さん、のんびりしている時間なんかありません。高野先生、ステージのほうへお願いできますか」
高野は、焦っても仕方がないと開き直っているのか、のんびりとした口調で聞き返す。
「ステージって……というかさあ、富士川ちゃんは?」
あかりはため息を漏らした。そして呑気に構える高野に、簡潔に説明をしてみせる。
「今は芹沢先生の楽屋にいらっしゃいます。いろいろと準備もありますので。このあと、すぐにリハーサルを始める予定です」
華音はそれまでじっと、大人たちのやり取りを眺めていた。しかし、富士川の様子を聞かされると、いてもたってもいられなくなってしまった。
祖父が使うはずだった楽屋は、ここと同じ階にある。すぐそこに、富士川はいるのだ。
――祥ちゃんのところに行きたい。
華音は富士川のところへ向かおうと、大人たちに背を向け、ドアへと近寄った。
そのときである。
透明感のある若い女性の声が、華音の背中に鋭く突き刺さった。
「華音さん。すみませんが、今は遠慮してください」
華音は、つかみかけていたドアノブからゆっくりと手を放した。
遠慮――そんな言葉は、自分と富士川の間に存在しえないもののはずである。
それを、どうしてこの人に言われなくてはならないのだろうか。
華音は思わず声を荒げて、強く聞き返した。
「遠慮って、どうしてですか?」
華音の問いに、あかりは一瞬、困惑したような表情を見せた。
しかし、譲ろうとはしない。
「お辛く寂しい気持ちはお察ししますけど、楽団の事情もありますので」
「でも……」
「これは仕事なんですから。富士川さんの集中力の妨げになるようなことは止めてください」
何なのだろう、この人は。
まるで二人だけが、真実の理解者だとでも言うかの如く。
華音の身体の内側から、やり場のない嫌悪感が湧き上がってきた。
――イヤ。何だかすごく、イヤ。
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