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のであるということを、如実に物語っている。
それでも、あかりは頑なな態度を崩さなかった。意志の強い真っ直ぐな瞳を、しっかりと客演ピアニストに向けた。
「では高野先生、ステージでお待ちしています。美濃部さんも急いでくださいね」
そう言い残し、あかりは颯爽と楽屋を出て行ってしまった。
あかりが去ってしまった高野の楽屋に、ムスクの残り香が微かに漂った。
美濃部青年は惚けた表情のまま、のんびりと呟く。
「カッコいいなあ、あかりさん……なんか、デキる女性って感じですよねえ」
「まあ、あかり君は富士川ちゃん命だからなぁ」
高野は美濃部のお喋りに付き合いながら、楽屋に用意されていたステージ衣装に着替え始めた。
「……好きなんでしょうかね?」
「とりあえず『尊敬』ってところじゃないの? なに、美濃部ちゃんひょっとして気になる?」
「き、気になるとか別にそういうわけじゃ。好奇心ですよ、好奇心」
「はいはい。じゃノン君、俺リハ行ってくるけど、どうする? 一緒に来る?」
華音は首を縦に振りかけた。
しかし、藤堂あかりに言われた言葉が脳裏に蘇り、返答に詰まってしまう。
【これは仕事なんですから】
【富士川さんの集中力の妨げになるようなことは――止めてください】
華音は力なく首を横に振った。
「……ううん、行かない。演奏会終わるまでは一人で適当にやってる」
「大丈夫?」
高野は心配げに尋ねてくる。
「いつもそうしてるんだから、平気だよ」
華音は無理やり笑顔を造った。
そして、急遽設けられたリハーサルに借り出される忙しい大人たちを、そのまま見送った。
いくら音楽監督の孫娘とはいえ、楽団員ではない華音は、部外者でしかない。勝手な振る舞いは許されないのである。
そう。
部外者である自分は――富士川を助けることはできない。足手まといにならないようにするのが、華音の精一杯だった。
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