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華音の祖父・芹沢英輔は、日本屈指の大指揮者である。音楽に疎い人間でも、その名を知らないものはほとんどいない、芸術界の著名人だ。
若い頃はヴァイオリンの演奏家として名を馳せ、その後一線を退いてからは、後進の育成指導に心力を注いでいる。
英輔は、その門下生たちを中心としたオーケストラ『芹沢交響楽団』を結成した。
現在も、その団体を自ら率いて、指揮者として活動している。
その芹沢英輔の一番弟子が、富士川祥という青年である。現在二十九歳の、才気あふれる逸材だ。芹沢交響楽団で、コンサートマスターを務めている。
富士川は、弟子入りをした高校時代から音大を卒業するまでの七年間、芹沢家に居候していた。
早くに両親を亡くした華音を、物心ついたときから面倒を見ていたのはこの富士川だった。芹沢老人の弟子としてヴァイオリンの研鑽を積むかたわら、遊び相手としてその後は家庭教師代わりとして、いつも華音のそばにいたのである。
富士川青年は大学卒業を機に、近くにマンションの部屋を借りて、自立した生活を送るようになった。しかし、そこには寝るために帰るだけで、以前と同様にほぼ毎日芹沢家に顔を出し、祖父のサポート業務をこなしたり、食事をともにしたりすることも多い。
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